世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
AIが決める「美の基準」:テクノロジーが変える“見た目”の未来
(桜美林大学 教授)
2025.12.08
「美しさ」の決定権は,もはや人間にはない?
2024年,私たちは人類史上初めて,自分の顔をAIに設計してもらう時代を迎えた。InstagramやTikTokを開けば,誰もが簡単に「理想の顔」に変身できる。目を大きく,鼻を高く,輪郭をシャープに——SNSフィルターがワンタッチで実現する。だが,この手軽さの裏で,私たちは気づかぬうちに重大な選択を迫られている。「美の基準」の決定権を,AIアルゴリズムに委ねてしまっているのだ。
大きな目,高い鼻,ふっくらした唇,小さな輪郭,完璧な肌・・・共通の特徴を持つ,「Instagram Face」が,人種や地域を超えて世界中であふれている(注1)。
一方,世界の美容医療市場は,年率15%で急伸長中であり,2030年には45兆円規模になると予測されている(注2)。メスを入れないプチ整形の技術向上と低価格化もこれを加速し,施術を受けるハードルが急速に下がっているのだ。
市場の急成長を後押ししている一つの要因は,AI技術の進化だ。美容整形クリニックには,Instagram FaceやSNSフィルターで加工した自分の顔写真を持ち込み「この顔にしてください」という要望が急増している。SNSで理想の顔を刷り込まれた患者は,まるで商品を選ぶように,自分の新しい顔を選択する。韓国で「江南(カンナム)美人」と呼ばれる画一的な美人顔が量産されているのも,AIアルゴリズムが学習した「成功する顔」のパターンが存在する要因によるところが少なくないだろう(注3)。
「見た目格差」が人生を左右する残酷な現実
「見た目なんて表面的なもの」——そんな理想論が通用しない現実が,科学的に証明されている。テキサス大学の経済学者ダニエル・ハマーメッシュによる長年の研究が明らかにしたのは,容姿が良い人は生涯で平均3,500万円も多く稼ぐという衝撃的な事実だ。美人は就職で有利なだけでなく,昇進も早く,営業成績も良い。プリンストン大学の研究では,第一印象はわずか0.1秒で決まり,その後ほとんど変わらないことが判明している(注4)。
この「見た目格差」は,差別ではなく,脳の情報処理メカニズムの結果だ。人間の脳は,初対面の相手を見た瞬間に,無意識のうちに「信頼できるか」「有能か」「協力的か」を判断する。そしてその判断は,ほぼ顔の造形だけで行われる。つまり,見た目の良し悪しは,本人の努力や能力とは無関係に,経済的成功を左右してしまうのだ。
AIが生み出す「標準美人」の恐怖
ここで問題なのは,AIが決める「美の基準」が極めて画一的だという点だ。InstagramやTikTokのアルゴリズムは,「いいね」が多くつく顔を学習し,その特徴を持つ画像を優先的に表示する。結果として,SNS上には似たような顔が溢れ,若者たちは無意識のうちに「これが理想の顔」だと刷り込まれていく。
実際,2020年代に入ってから「Zoom醜形症」という新しい精神疾患が報告されるようになった(注5)。ビデオ会議で自分の顔を見続けることで,外見への不安が病的に高まり,美容整形を希望する人が急増しているのだ。彼らが目指すのは,AIフィルターで加工された「完璧な顔」だ。しかし,その「完璧さ」は,AIアルゴリズムが大量のデータから導き出した演算値に過ぎない。個性や多様性は,完全に失われている。
さらに深刻なのは,この現象が世界規模で進行していることだ。韓国では整形手術を受ける人の多くが,同じ「江南美人」と呼ばれる顔を目指す。中国でも,AIが生成した「理想の顔」に近づけるための美容整形が大流行している。つまり,地域や文化を超えて,AIが決めた単一の「美の基準」が世界中に拡散しているのだ。
人類進化の転換点——自己選択の時代
私たちは今,人類史上最大の転換点に立っている。これまで人類の進化は「自然淘汰」によって進んできた。しかし,AIとテクノロジーの力を手にした現代人は,自らの進化を自分で選択できるようになった。顔の造形を変え,理想の見た目を「購入」できる時代——それは,見た目が「生まれ持った個性」から「買い揃える製品」に変わったことを意味する。
だが,この自由には大きな代償が伴う。AIが決めた「正解」に収斂していく美の基準は,人間の多様性を奪う。かつて,美しさは時代や文化によって多様だった。日本の浮世絵に描かれる美人と,西洋の彫刻に刻まれる美人は,まったく異なる。それぞれの社会が,独自の美意識を育んできた。しかし今,その多様性が失われつつある。
「見た目戦略」が未来を決める
もはや,見た目は「運」ではない。「戦略」だ。AIの力を借りれば,誰もが理想の顔に近づくことができる。しかし,だからこそ問われるのは,私たち一人ひとりの選択だ。AIが提示する「標準美人」に従うのか。それとも,自分らしい個性を守るのか。
企業にとっても,この問題は無視できない。従業員の「見た目」が企業の売上に影響することは,すでに経済学的に証明されている。美容業界,ファッション業界だけでなく,あらゆる業種で「見た目戦略」が問われる時代が来ている。
テクノロジーが見た目の未来を変える——それは確かだ。しかし,その未来が人間らしさを失った画一的な世界になるのか,それとも多様性を保ちながら進化する世界になるのか。その分岐点に,私たちは今,立っている。
[注]
- (1)Loucas, R., B. Sauter, M. Loucas, S. Leitsch, O. Haroon, A. Macek, S. Graul, A. Kobler & T. Holzbach (2024) Is There An "Ideal Instagram Face" for Caucasian Female Influencers? A Cross-Sectional Observational Study of Facial Proportions in 100 Top Beauty Influencers, Aesthetic Surgery Journal Open Forum , 6, ojae085.
- (2)Spherical Insights,「世界の美容医療市場規模,シェア,COVID-19の影響分析,施術タイプ別(侵襲的施術,非侵襲的施術),地域別(北米,ヨーロッパ,アジア太平洋,ラテンアメリカ,中東,アフリカ),分析と予測2021~2030年」(参照2025-11-14).
- (3)Loucas, R., B. Sauter, M. Loucas, S. Leitsch, O. Haroon, A. Macek, S. Graul, A. Kobler & T. Holzbach (2024) Is There An "Ideal Instagram Face" for Caucasian Female Influencers? A Cross-Sectional Observational Study of Facial Proportions in 100 Top Beauty Influencers, Aesthetic Surgery Journal Open Forum , 6, ojae085.
- (4)Hamermesh, D. S. (2011) Beauty Pays: Why Attractive People Are More Successful , Princeton University Press. (邦訳:ダニエル・S・ハマーメッシュ著,望月衛訳『美貌格差:生まれつき不平等の経済学』東洋経済新報社,2015年)
- (5)Rice, S. M., E. Graber & A. S. Kourosh (2020) A Pandemic of Dysmorphia: ‘Zooming’ into the Perception of Our Appearance, Facial Plastic Surgery & Aesthetic Medicine , 22(6), 401-402.
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