世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3940
世界経済評論IMPACT No.3940

ポスト習政権を考える

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2025.08.11

習近平政権の揺らぎ?

 習近平失脚? この噂に火をつけたのが,第一次トランプ政権で安全保障問題補佐官を務めたマイケル・フリン氏が6月に投稿したSNSの記事だった。2023年のロケット軍高官の大量粛清,昨年から今年にかけての党中央軍事委員会トップの相次ぐ更迭によりこの二年間で20名近い軍高官が姿を消した。また,胡春華中央委員のメディアへの再登場や,7月に誕生70年を迎えた故李克強総理の業績を称える社説を人民日報が掲載したことなどが,この噂に拍車をかけた。

 中国の党・政府の権力中枢で何が起こっているのかは,ブラックボックスである。しかし,筆者から見れば,上記は極めて根拠に乏しい「希望的観測」と言わざるを得ない。

 まず,ロケット軍幹部の大量更迭とそれに続く党中央軍事委員会トップの失脚は,権力闘争というよりも,軍の宿痾とも言える汚職と,情報漏洩が背景にあると見るべきである。中国の軍事費は2024年で約1.6兆元(約32兆円)に上る。10年間で倍増だ。とくに,戦略的に重視されてきたロケット軍には,潤沢な予算が与えられており,それゆえに,腐敗が蔓延していると言われる。軍の腐敗は汲めども尽きないようだ。軍の機密情報漏洩も頭の痛い問題だ。欧米の情報機関は様々な手段を講じて軍関連の情報を収集している。2012年に薄熙来氏が失脚したのは妻の谷開来による家政顧問ニール・ヘイウッド氏の毒殺が端緒だったが,同氏は英国情報機関MI6に繋がっていたとみられ,この事件を機に国家安全部による大規模なスパイ狩りが行われたとも言われる。2014年に反スパイ法が制定された(2023年には更に改訂・強化された)のもこうした事情が背景にある。

 次に,胡春華氏をはじめとする共青団の復権だが,この可能性は極めて低い。胡春華氏は2023年,党中央政治局員から中央委員に降格され,政治協商会議の副主席となっている。この3月には,政府代表としてアフリカ諸国を歴訪した。5月には,物故したベトナムの国家主席の弔問のため在北京ベトナム大使館を訪問している。しかし,これらについて中国メディアはベタ記事扱いであり,むしろ同姓同名の徐州市党書記のメディア露出度の方が高い。故李克強総理の生誕70年を記念した人民日報の論説は,党規約に基づいて公表されたものと,わざわざ本文中に記載されている。いかに彼の業績を称賛しても行間からは令色が滲みでている。団派の復活を感じさせるものではない。共青団は,2015年に習近平国家主席が「貴族化,官僚化,娯楽化」していると厳しく批判されて以来凋落傾向が続いている。自前の資金源は旅行・観光事業程度に過ぎない。団員数は,それ以降9千万人をピークに2千万近く減少した。

 ただ,気になることもある。7月14日,北京で開催された中央城市工作会議の席上,習近平国家主席が重要講話を行った。都市部の住宅問題が議題の会議だったが,その中で「拍胸脯,拍脑瓜,拍屁股」の「三拍幹部」の出現を防止しなければならないというメッセージがあった。「安請け合いをする,深く考えず思いつきで行動する,こびへつらう」という意味だ。要は,党・政府の指示を,「はいはい,すぐやりますし,ちゃんとやりますよ」と受け,「とりあえず,あれとこれをやっとこう,ついでにあれも」と深く考えずに実施し,失敗したら「何とかお目こぼしを」というか,「成功したようにみせかけるため,上司にへつらう」といったことを戒めることのようだ。

 これには,裏の意味があるかもしれない。習政権の4期目はないとの見方が広がりつつある中,跡目を巡る思惑が蔓延しつつあることに対する警告だと深読みすることもできる。下馬評に基づいて有力候補者に連なる人脈にすり寄り,できもしない約束をし,阿諛追従するといった幹部の行為に対する牽制である。21期のトップ人事が水面下で進行していることを感じさせる。火のない所に煙は立たない。

習政権最後のミッションは?

 なぜ四期目の続投がないのか? そもそも,習政権に課されたミッションは,中国の政治・経済のオーバーホールだった。底なしの汚職,悪化し続ける環境問題,「小・散・乱」の産業,過剰生産力・過剰在庫・過剰債務といった三つの過剰問題など,改革開放30年間積もりに積もった問題への取り組みである。加えて中国の台頭に伴い米国との関係が先鋭化するようになった。このままでは党・国家がもたないという強烈な危機意識があったことは間違いない。これらの問題を解決するためには,強力なリーダーシップを発揮することが不可欠である。習一強体制には批判もあるが,改革を実効あるものとするには,集団指導体制では心許ない。また,百年河清を待つというが,これらの改革は二期10年ではとても無理である。

 習政権は三期目の半ばにあるが,過去13年の業績は目を見張るべきものだったといえる。まず環境問題が大幅に改善した。北京には青空が戻り,PM2.5はもはや死語となりつつある。再生可能エネルギー生産の増加により昨年はカーボンピークに至った。在来型産業に代わって先端技術産業が急成長していった。戦略産業8分野を対象としそれらの技術力を世界一流レベルまで高めようという「中国製造2025計画」は10年を経てほぼ完遂した。電気自動車の普及は世界最高レベルに達した。AI技術ではアメリカに肉薄しつつある。そして,ハイパーファイナンスによる過剰生産・過剰在庫・過剰債務問題にもメスが入れられ,不動産バブルは抑え込まれた。「共同富裕政策」により超富裕層は影を潜め,ジニ係数は2009年の49から今年は37まで低下する見込みとなっている。また,紆余曲折あったものの,一帯一路構想参加国は増えつつあり,BRICSの影響力は昨年新たな参加国を迎えG7を凌ぎつつある。

 これらの成果を生んだのは,二度にわたる国務院の機構改革に加え,幹部人材の質の向上だった。第20期の党中央委員・候補376名中,海外留学経験者75名,企業幹部96名,技術者・研究者は29名に上る。いずれも10年前と比べれば倍増している。政治・行政の分野でも一芸ないし多芸に秀でた人材が登用される実力主義が浸透している。共青団の退潮もこの文脈で見るべきだろう。

 政権継承時に山積していた難問は,大きくみればほぼ解決したように見える。政権発足当時の課題はほぼやり遂げた,というのが習政権の本音ではないだろうか。残された課題は,国際社会の信望を失い,産業の衰退と国論の分断といった問題に直面しているアメリカとの関係,それと裏腹にある新たな国際秩序の構築,そして台湾との関係である。前者については一朝一夕に目途がつくものではない。その意味,習政権にとってなによりも重要なことは台湾との関係ではないだろうか。ただ,武力による統一はまずありえない。習氏は,1985年から浙江省副書記に転任するまで17年間福建省に勤務していた。福建省は台湾の対岸にあり,台湾企業との交流も盛んに行われている。これを促進したのが習氏であり,彼自身四度にわたって台湾を訪れている。習氏は,政権トップの中で最もよく台湾を理解している。

 その意味,習氏が求めているのは平和的な統一であり,そのマイルストーンは主要国,とくにアメリカが台湾は中国の一部であると認めることであると思われる。米国政府は,これについて曖昧な対応を続けてきた。トランプ政権にこの原則を確認させることが習政権にとって最後の課題と言える。秋口に予定されている米中首脳会談では,トランプ大統領から「台独は認めない」との言質が取れるかどうか。これは関税問題よりも中国にとって国の在り方そのものに関わる重要なイッシューであると思う。

ポスト習政権の課題

 党・政府の心胆を寒からしめているのは,間違いなく少子高齢化だろう。少子化の進行に伴い3歳から5歳までの幼児を対象とした保育園の数は2021年の約30万所から4年間で5万所減少した。入園児数は2020年の約5千万人から12百万人も減少している。

 一方,中国の60歳以上の人口は昨年で全人口の24%を占め,今後急速に拡大していくと見込まれている。昨年から今年にかけて60歳以上の人口は1,560万人増加したが,16歳~59歳の労働力人口は830万人減少した。このため,政府は退職年齢の引き上げを図る一方,年金制度の改革の検討を開始している。公的年金基金加入者数10億人に達しているが,その内容は,極めて不公平である。国家公務員の場合,政府機関の負担率は80%を超えており,支給額は月額1万元程度。一定規模以上の企業の従業員の場合企業負担率は50%を切っており,月額5千元程度と言われる。ただし,これは全勤労者の10%程度に過ぎない。左記以外の場合,積立額に応じて年金受給額が変わるが月額せいぜい100元程度の微々たる金額に過ぎない。市はそれぞれ年金最低支給額を定めており,昨年は政府の上乗せ給付を含め平均月額244元となった。それでも公務員のレベルには遙かに及ばない。

 政府一般公共予算に占める年金支給額は7.2兆元で支出の24%を占める。仮に一人当たりに月額一律2千元を支給しようとすれば追加の支出額は7兆元に上るとの試算もある。政府の給付金増額により財政負担は増すばかりだ。このままでいけば2030年代には年金基金が枯渇するとの試算もある。個人年金保険も推奨されているが,加入しているのは富裕層が中心であり,その加入者数は4千万人に満たない。そうなると頼みの綱は貯蓄ということになるが,中国の家計における純資産額の中央値は16万元と言われる。これが衣食に事欠かない「温飽」の水準であるすれば,それ以下の家庭は40%を超える。家計純資産額が5万元以下のシェアは約30%。これら低資産世帯の老後の生活のためのセーフティーネット作りは重要な課題である。

 次期政権は,この大きな課題に取り組まなければならない。それを担うのはだれか。外れるのを承知で予測してみたい。

 形骸化しつつあるとはいえ,68歳定年制を基本とすれば,2027年時点で67歳以下の中央政治局員は9名。ここから7名が党中央常務委員に選出されるとすれば,国家主席の最有力候補は,最も習氏の信認が厚い丁薛祥氏ではないか。総理はおそらく現上海市書記の陳吉寧氏。該当する政治局員のキャリアをもとに推測すると,尹力氏は社会政策を担任することになるかもしれない。陳文清氏は治安分野,袁家軍氏は第四次産業革命を指導,張国清氏はマクロ経済,李干杰氏はエネルギーといった役割分担となるのではないか。岡目八目的に言えば,退任した秦剛前外交部長が復活,政治局員に昇任したうえで外交部長に返り咲くということもあり得るかもしれない。また,胡春華氏も中央政治局員に復活し,王滬寧氏に代わって政治協商会議の主席として,22年に及ぶチベット勤務の経験を活かし,社会政策の面で党中央を支えるという役割を担う可能性もある。

 党中央20期の常務委員の顔ぶれを見る限り,習氏側近で固めていたという印象が強い。それだけに政権に近い筋からも批判が滲みでることもあった。これをカバーしたのが省・部レベルのトップ人事であり,前述のように質の向上が図られたわけだが,次期政権の場合,社会政策が重要なミッションとなる可能性が高いことから,実務経験や専門能力がより重視されたトップ人事になるかもしれない。8月の北戴河会議では,こうしたことも議題に上るかもしれない。また,次期政権が刷新されたとしても,習氏は党中央軍事委員会主席のポストを維持し,スムーズな政権移行ににらみを利かせるということもあり得るかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3940.html)

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