世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4068
世界経済評論IMPACT No.4068

高市新総理デビュー観戦記

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2025.11.10

 10月21日に首班指名を受けた高市早苗新総理は,施政方針演説後の25日にはトランプ大統領と電話で会談,続いてマレーシアで開催されたASEAN関連の首脳会合に出席,27日朝には早々と帰国し,休む間もなく東京でトランプ米大統領を迎え日米首脳会談に臨むという大車輪で外交スケジュールをこなした。とりわけ日米両政府の協議では,例えば防衛費増額や,日本側で問題視されていた5500億ドルの対米投融資枠など,米国の望んでいる案件を,米国が正式に求めて来る前に,次々と日本側から合意フォーマットを提案するという先手必勝戦術が採られた。

 要するに,トランプ大統領が日本訪問の成果を誇示出来るように,予め準備されたもので,特に投融資枠に関しては,電力インフラ,AIインフラ,電子機器及びサプライチェーン,重要物資への投資,製造業及び物流への投資等など具体的なプロジェクトが例示された「ファクトシート」が作成され,更に,それらプロジェクトに参加する個別日本企業との会合までアレンジされるという念の入れ方だった。

 発足間もない高市政権のこうした対応を可能にしたのは,対トランプ対応に手慣れた,能力ある官僚群を手元に引き戻していたからだろう。安倍元首相の側近だったそれら官僚たちは,例えば,世界的に読まれたマイケル・ウオルフの『Fire and Fury, Inside the Trump White House』という暴露本の中にある,トランプの娘イヴァンカの「…父を上手く説得する方法なら,熱中という名のボタンを押せばいいのだ。彼は名声が好きだ。大物というイメージが好きだ。そう思われるのを好んでいる。そんなイメージを与えてくれる“インパクト”が好きなのだ…」というくだりからトランプのイメージを蘇らせ,高市新総理がその種のイメージをトランプに与えることが出来るように,色々と手を打ったのだろう。

 トランプ大統領の訪日を経た10月30日に,高市新総理はソウルで開催中のAPEC首脳会議に出席した。その機会に早々と日韓首脳会談をこなし,懸案のシャトル外交復活を約束し合い,翌31日には,開催が危ぶまれていた日中首脳会談も実現させた。亦,この間,ソウルに集まっていたAPEC諸国の首脳等にも,自らのお披露目を済ませるなど,石破首相時代に決まっていた一連の外交日程とはいえ,超過密のスケジュールを,高市新総理は,実にそつなく,立派にこなし切った。

 高市自民党新総裁が誕生したのは10月4日。首班指名を受ける僅か2週間程前に過ぎない。その間,長年の連立相手であった公明党の離脱という難局に直面,その苦境を日本維新の会の“衆議院議員の定数削減要求”等,自民党にとっては無理筋ともいうべき幾つかの主張を,文言上の曖昧さを添加したとはいえ,いわば丸呑みで受け入れ,辛うじて維新の閣外協力という形を取り付けて国内外の政治スケジュール上,ぎりぎりのタイミングで新政権を船出させることが出来たのだ。

 裏金問題などで,先の参議院選挙で,自民党支持層のかなりが参政党などに流れ出る傾向の中,今回総裁選では,なお自民党支持内に留まっていた保守票のかなりを,高市候補が個人支持票として吸収出来た点も注目するに値した。

 日本経済新聞の小竹洋之コメンテーターは,日本政治の現状を「長く政権を担った政党が弱体化するばかりか,これに取って代われそうな政党も現れず,指導力の欠如に悩む…」と表現した(2025年10月16日)。しかし,安倍総理の後継的位置付けという雰囲気を身にまとい,高市新総理が登場するや,政治や政党に不満を持つ大半の有権者は,俄かに高市株を買い始めたのだ。尤も,有権者の期待は新総理が自民党の旧態依然の風土の中に溶け込む素振りを少しでも見せれば,一気に剥げ落ちる。その意味では,「自分は政治目標を遂行する気満々だが,党内(あるいは維新から)の賛同が得られなかった」と,自身への批判を常にかわす逃げの戦略も当然に用意しているに違いない。

 いずれにせよ,高市新総理は最高権力者たる首相が,如何に大きな影響力を持っているか十二分に熟知している。そして,「安倍元総理の後継者で,保守派の最後の拠り所,高い有権者の支持を得,瞬時にトランプ大統領との信頼関係を構築した外交上手で,女性初の日本リーダー」等多く自らの尊号を獲得することに成功した。故に,経済政策でも独自の思考を発揮する可能性が高まっていると言えよう。

 上述のような背景を基に新総理の施政方針演説を読み返してみよう。高市新総理は積極財政派と見做されているが,「経済あっての財政,の考え方を基本とする」とか,「責任ある積極財政…,消費マインドを改善し,事業収益が上がり,それ故,税率を上げずとも税収を増加させ…」とか,「成長率の範囲内に債務残高の伸びを抑え…」等など,リフレ派というよりも,極めて正当な経済政策観が前面に出ている様に思われる。

 日本経済新聞(2025年10月22日)に面白い記事を見つけた。それは,「企業現預金100兆円にメス」というタイトルの,金融庁の企業統治指針見直しの動きを報じたもの。記事は冒頭,「現金を保有していても価値が目減りするインフレが続いており,日本企業の現預金の『山』が崩れる機運が高まる。21日に就任した高市新総理は,企業の非効率経営への問題意識が強いとされる…。2021年の自身の著作の中で,企業の現預金に課税する案を披露…1%課税すれば,2兆円を超える税収になると記している…2024年の総裁選の際にも,内部留保の使い方を開示する必要性を強調している」と記述している。

 この記事と,高市施政方針演説には極めて高い相関性があると考えられる。高市新総理が誕生した翌日の新聞に,金融庁関連の記事として,“高市新総理も主張している”企業の内部留保活用案が,全く違った脈絡であるにせよ出稿されること自体,背後の財務官僚の意図を読んでしまうのだ。

 日本国内は,減少し続ける人口,伸びない所得,高騰する物価で,市場規模の拡大は余り望み得ない。さらに,トランプ関税の影響で今後,輸出の大黒柱である自動車の対米輸出が減り,逆に米国内で生産されたmade in USAの日本車が国内市場に流入することになる。結果,貿易構造が激変し,日本は益々,海外投資の利子・配当で生きてゆく成熟資本主義国化する。更に,国内での自動車産業全体の規模縮小が避けられなくなり,製造業立国ですらなくなる可能性も出て来よう。

 現在の,トランプ関税下で日本も,1980年代の米国と同じような製造業空洞化に,追い込まれる可能性もある。鉄鋼や自動車,半導体やAI,更には電力等々,基幹的な産業群が,輸出の道を閉ざされ,加えて,国内マーケットの小ささ故に,トランプの政治的力で,一部ではあるにせよ,米国に生産基盤の移転を余儀なくされ始めている。レーガノミクス(大幅な歳出削減と大幅な減税に依る財政赤字,人為性を排した金融政策,それに規制緩和)の時の米国に起こったような,製造業の弱体化が生じると想定した時,高市新総理は施政方針演説で「中期的には,日本経済のパイを大きくして行くことが重要です。我が国の課題を解決することに資する先端技術を開花させることで,日本経済の強い成長の実現を目指します…。この内閣における成長戦略の肝は,『危機管理投資』です」と述べた。では,危機管理投資の実態は何か…。高市新総理はそれを,「経済安全保障,食糧安全保障,エネルギー安全保障,健康医療安全保障,国土強靭化対策などの様々なリスクや社会課題に対し,官民が手を携えて行う戦略的な投資」だと明確に説明している。成程,それなら全て,内需関連になるし官民が手を携えての表現も,『含む,企業の内部留保活用』だと,筆者には納得がいった。

(補論)

 それにしても,トランプというのは妙な大統領だ。どこまでが本当かはわからないが,前述の著作の中で,マイケル・ウオルフはトランプの独特な思考癖を指摘している。

 例えば,第1期政権中に,トランプが打ち出した外交原則では,世界というチェス盤を3つに区分して,米国が協調出来る政権,協調出来ない政権,力が弱いので無視したり犠牲にしたり出来る政権に色分けしたという。こうした見立てと,それぞれの範疇に属する国家毎への違った対処方法は,まるで冷戦時代の大国の行動様式…。ウオルフによれば、そうした思考はトランプにとっては当然だと言う。何故なら,トランプ流の世界観では,米国に最大の国際的優位を齎したのは,眞にその冷戦時代だったからだ。

 また,トランプの欠点についての例として,因果関係をキッチリ把握出来ないことが挙げられている。何か問題を起こしても,必ず新たな出来事でそれを塗り替えてきた。このことが彼に,悪いストーリーは必ず良いストーリーによって,或いは,ドラマテイックなストーリーによって塗り替えられる,との確信を与えてしまったという。

 それ故,一つの問題を追及していたトランプが,いつの間にか違う問題に興味を持ち始めるのは,上手くいかなくなった時の,その案件からの逃避,つまり解けない問題を,全く違う問題に代置することで,困難な問題の方を忘却の彼方に置き去ることが出来るというわけだ。中国がトランプの関税賦課に動じないと見るや,全く別の問題,例えば核実験の再開を匂わせたりするのは,そうした一例なのかもしれない。

 トランプがASEAN会合,訪日,APEC会合等で外遊している間も,ワシントンでは政府閉鎖騒動が解決の見込みもないまま継続しており,大統領外遊中は共和党と民主党との打開に向けた話し合いもストップ。それにも関わらず米国では株価は上がり続けている。こうした混乱が経済に何ら影響を与えていないのも不思議なことだ。

一連のトランプの動きと比べると,施政方針演説で,前述のように高市新総理が,「私は日本と日本人の底力を信じてやまない者として,日本の未来を切り開く責任を担い,この場に立っております」との凛とした言い草の,なんと爽やかに聞えることか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4068.html)

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