世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
第二次トランプ政権の基本特質:直近までの分析メモ
(関西学院大学 フェロー)
2025.09.22
本稿は,筆者が最近の講演会において,掲題のテーマについて論じた内容のメモとして用いたものである。文章として読みづらい点はご寛恕いただき,何ら参考までにお目通しいただければ幸いである。
米国でのトランプ,或いはトランプ的なものを理解するための一試論
①選挙公約の生真面目な実践
トランプの性格と行動欲に惹かれたトランプ教信者たち,嘗ては光り輝く,アメリカン・ドリームの体現者だった重厚長大型製造業の工場労働従事者。「親父が従事し,そして自分も継いだ」,それがいつの間にか,米国の産業構造の激変と共に,“忘れ去られた人々に”。そこから生じる疎外感,誰がアメリカン・ドリームを奪ったのか,誰がこんな分断社会を齎したのか。 ワシントンにいる連中,綺麗ごとの世界に住む民主党リベラル派,彼らは信用できない。重厚長大型工場労働者は,嘗ては黒人層と並んで,民主党の大票田だった。だが今では,中産階級からずり落ちそうな悲惨な立場に…。だから,嘗ては当てにしていた民主党には,最早任せられない。既存政治を打破してくれるリーダーこそ…。トランプが完全無欠な指導者とは思わない,しかし,彼は我々と同じ言葉で話し,同じ問題に憤っている。何よりも,彼は言ったことは実行する,専門家たちやエリートたちが,彼の経済政策を批判していることは知っているし,その指摘は正しのかもしれない。だが,トランプ以外に,誰が我々に向かって話しかけてくれているのか…。
②遂行する政策の理屈付け
指導者に力がある限り,正当化の論理は後からついてくる。例えば保守派のエコノミストOren Cass(You Tubeを使って盛んに論陣を張り,バンス副大統領やルビオ国務長官に近い)。力があれば,流れを創り得る。結局は,それが政治というもの…。
……第二次大戦後,米国は,民主主義・資本主義市場経済の総本山,冷戦下,敵対するソ連陣営に対抗するため,後進諸国の経済を発展させ,民主主義陣営の中に取り込もうとした。日独に代表され,後にはアジアNIESもその路線に倣うようになった輸出主導工業化。国内では産業政策を実施し,国内需要を上回る生産能力を装備,その過剰生産能力を使って,米国向け輸出を伸ばす。そうした大量に,且つ安価に流入する工業製品のため,米国の重厚長大産業は衰退の道を歩み,従事していた労働者は今や中産階級からこぼれ落ち始めている。米国の貿易赤字は増大の一途。そんな米国に誰がした(これまでの米国の指導者たちであり,その政策に論拠を与えてきた専門家たちではないのか…),前任者たちは,皆,間違っていたのだ。
→→Trade is Bad, Custom Tariff is beautiful(トランプの常套語)
→→トランプの愛読紙(予想外かもしれないがNYT, WSJ),ニューヨークで商売してきた不動産業者にとっては当然だろう,第一次トランプ政権時,NYTは全社挙げてトランプ政権批判の論陣を張ったが,その同紙に,トランプは単独インタビューの機会を何度か与えている。直近,トランプがNYTを名誉棄損で訴えるとのニュースを目にしたが,これなども先ずは,相手に先制パンチを与えて臆させる,トランプ流の常套手段。つまり,リベラルがどういうか,トランプはすべて承知,その上で,トランプがリベラル批判の上を行く行動を取り勝ちなのは何故…
→→トランプのワシントン政治不信,2016年大統領選挙勝利後のトランプが体験した,或る意味での悲劇。政治の素人,共和党の新顔,既存共和党主流派からの人事・政策・議会対策等などでの干渉・抑制・方向付け。対抗するために,そうした外部からの,干渉抑止のための身内の登用,閉鎖的なホワイトハウス,閣内での批判者を追放,「第一次政権時の最大の失敗は人事」(第二次再選後のトランプ独白),その後に続いたワシントンの“闇の政府”からの圧迫,数多くの裁判沙汰。
→→トランプの反撃開始(2018年の中間選挙頃から),中間選挙をトランプは,自らへの信任投票選挙だと位置づけ,その流れの中で,議会共和党主流派議員たちを次々と引退に追いやり,党をトランプ派の巣窟化しようとした。そのためには自らへの岩盤支持層固定化を図り,その一途として対中関税戦争を仕掛け,遂行した。
→→忘れられた人々を岩盤支持層に共和党を乗っ取り,今やトランプは,ホワイトハウスの主,議会共和党のオーナー,米国政治の独裁者シーザー。要するに,そこに至るまでは,トランプなりの長い戦いだった。
→→従来のワシントン政治を,謂わば,導いてきたのは“理念”,その理念とやらを追求してきた結果,米国はどうなったか。その理論的支柱となってきた専門家不信,「彼らも結局は,結果を追認するだけ…」。
トランプ自伝(The Art of The Deal: 市場に対する勘が働く人と,働かない人がいる…私は,複雑な計算をし,最新技術によるマーケット・リサーチをする専門家を余り信用しない…。専門家と称する連中は,大衆が何を望んでいるかわかっていない。そして彼ら専門家も亦,他の人たちと同じように,結局は世論に左右される,大海の小魚のような存在なのだ,誰かが導いてやらなければ…)。
→→「頼むのは己の経験に基づく“勘”」あるのみ。唯,トランプも馬鹿ではない,高率の関税を半ば強制的にかけると,いずれ国内物価に反映されて来ることは先刻承知,だからこそ,「そうなる前に金利は引き下げねばならないのに,FRBの馬鹿どもは,統計を見てから判断するなぞとぬかす。それでは遅いのだ。FRBが動かないのであれば力づくでも動かすまでのこと…」。
→→高齢と,制度的に3選がない米国の大統領職,トランプには時間がない。「ホトトギス,鳴かぬなら鳴くまでまとう」などと,悠長なことは言っていられない。鳴かぬなら該当者を辞めさせれば済むこと…
③米国建国の父たちが苦心惨憺して築き上げた,3権分立の制度はもはや時代遅れ
Check and Balanceではなく,今,必要なのは,Effective and Quick。たとえ,その結果,フェイク・ニュースや詐欺などが横行し,社会における信用と信頼が損なわれるようになっても,スマホやX,ALがもてはやされる時代にあっては,“迅速,かつ速やかに…”が,社会にとって至高の価値となるのだ。もし,そうした犯罪が行われれば,強力な警察力や,場合によって軍隊の力で取り締まればいいだけの話。つまり,持てる力を使わないのは,為政者の怠慢。
④齢240年余の米国の政治システムも,制度疲労の時期に入った
制度設計で,当初から盛り込まれていたcheck and balanceは,今やそれが齎す弊害の方が大きくなっている。制度が機能しないのなら,政治を善導するのは指導者の役割,だから,与えられた大統領特権は最大限発揮しなければならない…。米国社会は変革と革新の両方を求めている。前者を求めているのは“失われた人々”,後者を求めているのは金融分野のイノベーターたち。故に,この2つの異なった支持基盤には,それぞれに餌をまかねばならない。前者にはManufacturing Renaissance(そのための関税政策,裏から言えば,米国流産業政策の実施,日本や韓国,EU等から対米投資増強誓約),後者には仮想通貨の認知や減税,規制緩和等など…。
***関税交渉に於ける巨額の対米投資誓約(商務長官に乗せられた?…或いは,承知の上で乗った?…EU,日本,韓国)
⑤Anti-Intellectualism
その社会的意義づけの180度の転換(リベラル思想啓蒙→抑圧された生活者の“居直り・本音”吐露のために便利な用語に…世の中(政治)が,“忘れられた人々”の価値観を軸に動き始めると,むしろ文字通りに,Anti-Intellectualな態度が当然視されるように…。“The irrational has come to appear not the exception but the rule”(社会に渦巻く強烈なフラストレーション。今までは表に出せなかった感情,それがトランプによって刺激され一気に表面に=“知識への尊厳”の喪失,トランプ政権の名門大学攻撃,人権の過度の擁護の是正,ケネディー厚生労働長官の“ワクチンは間違いだった”認識)
⑥国際政治分野でも,歴史の後戻り(或いは,“新しい国際秩序の幕開け”?)。
⑦最終的に,トランプは,米国のシーザーになるか,或いは“ドンキホーテ”で終わるか?
トランプ大統領のインナーサークル
トランプ政権の権力構造(第一次政権時の手痛い失策【人事・組織統制等など】を強く後悔,One for All, All for One【大一,大万,大吉:余談,石田三成の旗印】等と理念ばかりを唱えずに,権力はAll for One,その権力を己の判断でどう使うか,そこに為政者の真の責任がある:トランプ流為政者論)
①トランプ政権内部の権力構造
太陽系宇宙論(派閥はなく,緩やかなグループのみ),中心軸の太陽はトランプ(絶対権力),忠誠を疑われれば,即太陽系の圏外へ放逐。
②ホワイトハウス内・議会共和党内にトランプへのチェック機能は皆無
政策は極端化。関税交渉などで決定するのはトランプ一人,交渉担当閣僚といっても最終決定権なし,出て来るのはおべっか使いのみ(ラトニック商務長官:筆者独断)。
③閣僚や補佐官は生き残りに必死 トランプの意向を忖度する競争に…
④従来は極めて大きな力を有していたNSCは事実上解体
何かにつけ,トランプの,“自らを打ち出そうとする”姿勢にとって,NSCは邪魔になる。結果,NCSの事実上の解体は,米国の対外政策方向に関しての外部からの予測が不能に…,それが亦,トランプのDEAL指向外交には有利に働く(Mad-Man Theory),とのトランプの計算も…
トランプ大統領の外交の本質
①基本認識
上述の「②遂行する政策の理屈付け」を参照,「米国は,第二次世界大戦後,搾取され続けてきた」
…軍事面では,同盟国にただ乗りされ(同盟国への防衛費を増強要求),
…経済市場の面では,後発諸国に米国市場を占有され(対米貿易黒字国に,一律の相互関税賦課),
…国際通貨の面では,戦後のドル危機以来,後発国に産業化に必要なドル資金,つまり世界の公共財を,大量散布させられてきた(今後,ドル切り下げ要求も? そんな脈絡で,FRBに金利引き下げを要求している側面も…)
⓶トランプ外交と関税戦争
外交目的は戦後米国を搾取してきた対米黒字国への“貸”取り戻し
***基本認識が,米国は搾取されて来た点にあるのだから,相手によって取り立て方が異なってくるはず…
***冷戦時の敵だったロシアは,一義的には対象外。トランプはロシアに搾取されたとは思っていない,故に,対ロシアはウクライナ問題とのかかわりで決まって来る。
***対中は,微妙。米国にとって,支援しながら裏切られた最大の国は中国。鄧小平の改革開放以来,冷戦戦略上からも,米国は中国の改革開放を支援,米国市場を開放,ソ連崩壊後,中国は平和の配当の最大の裨益国に…。しかし,「経済が発展すれば中国もいずれ米国的な国に変貌するはず」との目論見は外れ,習近平政権が誕生して,中国が「偉大な中国夢」や,太平洋は米中が併存できるほど広いなどと,新型大国関係を標榜するようになると…米国に対中嫌悪感と脅威感が強まり…。米国内には,そんな中国への強い怒りが…。但し,トランプは,そんな中国に愛憎半ばの眼を向けている。***中国共産党には強い憎しみを(巨額の対米貿易赤字,政治体制擁護のためには,何をしでかすかわからないとの不信の眼 VS習近平には敬意と友情(素晴らしい男,世界水準のポーカー・プレイヤー)
取り立て手段は,相手によって異なる
A)欧州や日本,韓国など,ミドルパワー国は,強制(つまり,対等な相手とは観ていない)
B)中小諸国(カナダ,メキシコ,ウクライナ,パナマ等などには,捕食(とって食べる),グリーンランドやパナマ運河等など
C)中国,ロシアには,対等な交渉を…。(背景には,中国流表現をすれば,トランプにも“新型大国関係の構築指向”の姿勢が…)
***Three Powersなどと言う言葉を聞くと…。孫氏の兵法と三国志の諸葛孔明を思い出す(天下三分の計)。陰と陽は,現実の展開によって生じる2つの連続した段階…物事の正反対の視点から見る…陽の光が山を照らしている面と,その反対の陰が山の裏面を隠している面と…
→→この陰陽の自然循環的傾向を,弱者が如何に活用するか(弱者の勝機はそこにこそある):充実している者にはこちらも備え,知強い者は避け,怒り狂っている者は撹乱し。謙虚な者は驕り高ぶらせ,安楽にしている者は疲労させ,団結している者は分裂させる(孫子)
→→すでに強大な力を築いている勢力(米国)を相手にしなければならない中国は,ロシア(経済力では今や中国の十分の一程度:但し,核戦力は中国よりも優勢)をして第二勢力に仕立て上げ,自らは第三勢力に留まるよう仕組み(天下三分の計の実践),局面に応じて,米国対ロシア(ウクライナ戦争),或いは米国対中国(トランプとの関税戦争),そして折々には中露連携しての,対米対応(グローバル・サウスの取り込み)…。直近の,北京での中国の対日戦争勝利記念式典への中・ロ・北朝鮮指導者揃い踏みも,そんな中国の戦略的試み故…。
③習近平は10年かけて,共産党内での絶対権力を確立したが,トランプには,制度上,後3年半しか時間がない
権力基盤の前提条件が,制度上,こんなにも違う体制に依拠せざるをえないトランプにとって,個人戦なら兎も角も,最終的には組織・体制間の交渉とならざるを得ない米中交渉で,習近平と互角に渡りえるものなのだろうか…?
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