世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4055
世界経済評論IMPACT No.4055

産業政策の「非伝統的動機」

森原康仁

(専修大学経済学部 教授)

2025.11.03

 2010年代後半以降,産業政策への注目が急速に進んでいる。世界主要ビジネスメディアの産業政策への言及推移(記事数/年)は,2015年以降明確にトレンドが変わり急増している[1]。今年2025年10月21日に発足した高市早苗政権も「危機管理投資」や「経済安全保障」を軸に大規模な選択的,垂直的な産業政策を実行しようとしている。

 ここで重要なのは,こうした動きが日本だけのものではないということだ。主要国の産業政策も多かれ少なかれ,地政学的懸念など「非伝統的動機」にもとづいて進められている。

 スイスの非営利団体「グローバル・トレード・アラート」が整理している「新産業政策オブザーバトリー(New Industrial Policy Observatory: NIPO)」によると,2023年にデータベースに登録された産業政策でもっとも多かった政策動機は「戦略的競争力」(37.0%)だったが,これらに加えて「気候変動懸念」(28.1%),「サプライチェーンのレジリエンス」(15.2%),「地政学的懸念と国家安全保障」(19.7%)も目立った。

 つまり,国内産業の競争力強化を目的とした伝統的な「戦略的競争力」だけでなく,その他の非伝統的動機が目立つことが足元の特徴である。

 産業政策の再評価や「見直し(revisited)」[2]が,純粋なビジネス上の利害のみならず,「経済安全保障」などかつてみられなかった新たな政治的正当性を与えられて進んでいることに留意すべきだろう。地政学的懸念が消えない限り,こうした傾向は今後も続くと考えられる。国家財政やイノベーション環境への影響も無視できない。注視する必要がある。

[参考文献]
  • [1]Evenett, S., A. Jakubik, F. Martín, and M. Ruta (2024) “The Return of Industrial Policy in Data,” IMF Working Paper No. 2024/001, January 4. 以下のNIPOの紹介もこれにもとづく。
  • [2]Breznitz, D. and J. Gingrich (2025) “Industrial Policy Revisited,” Annual Review of Political Science, 28, pp. 329-350.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4055.html)

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