世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4007
世界経済評論IMPACT No.4007

トランプ2.0の「産業政策」

森原康仁

(専修大学経済学部 教授)

2025.09.29

トランプ2.0に産業政策はあるのだろうか?

 トランプ2.0の通商交渉で主要な役割を担い,政権最重要閣僚の一人であるベッセント財務長官は,軍事産業基盤の強化や米国経済の「再工業化(reindustrialization)」の必要性を強調している。しかし,現在までのところ主な政策手段として(国際貿易の再交渉のほかには)規制緩和や減税など伝統的な共和党の政策手段に言及するのみである。

 こうした政策は極端なグローバル化の進んだポスト冷戦期の20年間には適合的だったが,米国自身もふくめて大国が輸出管理を厳格化しあう(Bown 2025)「ポスト冷戦後」の現状においてはそれ自体としては不十分だ。

 では,トランプ2.0には産業政策と呼べるような政策はないのか。2025年9月現在では,以下の3つが産業政策に類する措置として位置づけられると考えられる。

●経済安全保障と関税措置の関連

 第1に,トランプ2.0の「看板政策」となっている関税措置と産業政策との関連である。

 共同ピーアール総合研究所主任研究員の渡辺克也氏は,「トランプ関税の狙いは保護主義だけでなく,自由貿易主義,経済安全保障をくわえた3層からとらえる必要がある」と指摘している(渡辺 2025)。保護主義は伝統的な業界ロビーの利害とともに右派ポピュリズムの影響があるとし,自由貿易主義(不公正貿易慣行の問題視)は伝統的な共和党支持層の影響を見出す。さらに,経済安全保障は造船所,アルミニウム精錬所,鉄工所といった防衛産業の製造能力の不足やレアアース・レアメタルのような重要資源の採掘量不足を問題視しているという。

 このうち経済安全保障に絡んだ関税措置で重要なのは,バイデン政権期の2024年1月に初めて公表され,サプライチェーン強靭化を重点課題のひとつとして謳った「国家防衛産業戦略」と問題関心が重なる面があるということだ。この面では,トランプ2.0の関税措置は,党派を超えた経済安全保障政策の一環と位置付けることができると同時に,その延長線上の(消極的な)産業政策と理解することも可能だろう。

●政府出資の産業支援策

 第2に,政府の直接出資を伴う半導体産業への支援策である。

 インテルへの政府出資として,トランプ政権は同社株式10%を取得しただけでなく,エヌビディアのインテルへの50億ドルの投資を促した。これにより,半導体の共同開発を促し,米国内の半導体製造基盤の強化を図っている。インテルを「戦略的に失敗できない」企業として位置づけ,補助金や救済資金57億ドルを投入する産業政策と評価できる。

 また,USスチールを買収した日本製鉄への「黄金株」を用いた影響力行使にも触れておく必要があろう。USスチールのイリノイ州グラニットシティー製鉄所の工場停止計画が問題視され,ラトニック商務長官がUSスチールのデビット・ブリットCEOに対し,工場停止計画を政権として認めないと伝えたと報道されている。

●ホワイトハウス主導の投資促進策

 第3に,大統領主導による民間企業への投資促進である。

 ホワイトハウスは,アップルによる6000億ドルの米国投資,ソフトバンクとオープンAIおよびオラクル主導の「プロジェクト・スターゲイト」によるAIインフラへの5000億ドルの投資,エヌビディアによるAIインフラへの5000億ドルの投資などを「トランプ効果」による新規の国内投資事例として宣伝している。

 これらは,保守系ヘリテージ財団の「プロジェクト2025」の影響を受け,補助金の停止,法人税・所得税削減,連邦機関の廃止をともなう形で進められている。規制緩和や減税・補助金停止等による政策措置はネオリベラルな政策パラダイムにもとづくものであり,産業政策とは縁遠いものと理解されることが一般的だろう。

 しかし,トランプ2.0においては規制緩和や減税策が実質的な産業政策(「再工業化」のための政策)としても位置付けられているようにみえる。こうした中で,関税と規制緩和を組み合わせた「新しい種類の産業政策」(Anstey 2025)が台頭している,という評価も登場している。

体系的な産業政策の可能性は?

 もっとも体系的な産業政策が不在のまま「関税」だけが突出しているのも事実だ。バイデン前政権が「CHIPS・科学法」などの大規模な産業政策を掲げていた分,政治的な意味で体系的な産業政策を提起することは困難であることが背景にあると思われる。

 しかし,オレン・キャス氏の「アメリカン・コンパス」のように,MAGA運動の情動的動員力を肯定的に評価しつつも政策志向の姿勢を維持し,かつ介入主義的政策にも積極的な保守系グループが存在感を増している。3年後の2028年大統領選も念頭に置けば,予断を持つことはできないだろう。

[参考文献]
  • 渡辺克也(2025)「トランプ関税交渉のキーパーソンと米国の思惑」『週刊ダイヤモンド』(5062),9月13・20日。
  • Anstey, C. (2025) “US Sees a New Kind of Industrial Policy Emerge Under Trump,” Bloomberg, August 28.
  • Bown, C. P. (2025) “How export restrictions threaten economic security”, Working Papers 25-11, Peterson Institute for International Economics, May.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4007.html)

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