世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
利下げでも下がりにくい米長期債利回り
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.09.22
耐久財消費者物価の上昇
米国の消費者物価指数を財・サービス別に見ると,昨年夏以降,耐久財消費者物価の上昇傾向が強くなっています。耐久財消費者物価の前年同月比上昇率は,2024年8月には−4.2%でしたが,12月には−1.9%となり,今年に入って5月にはマイナスを解消し,直近値の8月には+1.9%となりました。消費者物価指数における耐久財のウェイトは10.9%に過ぎませんが,ウェイトが63.9%に上り,消費者物価指数の中核をなすサービスの物価に先行する傾向があります。その点では耐久財消費者物価は物価全般の動向を判断する上で重要な指標と言えます。トランプ関税賦課に対して自動車などの米国内での価格を引上げる動きは広がりつつあり,耐久財消費者物価の上昇が当面続きそうです。基調的インフレ率の指標である消費者物価指数中央値前年同月比上昇率は,8月には+3.6%となり,1月からほぼ横這いに留まっています。米国の消費者物価インフレ率に,低下の兆しは見えていません。
インフレ率低下には大幅な失業率の上昇が必要
失業率を横軸に取り,消費者物価指数中央値前年同月比上昇率を縦軸に取って,失業率とインフレ率の関係を示すフィリップス曲線を描くと,コロナ禍以降,安定的な右下がりの関係が観察できます。ただし,直線的な関係ではなく,失業率が低い所では傾きが急で,失業率が下がるとインフレ率が大きく上昇しやすい一方,失業率が高い所では傾きが緩やかになり,失業率が大きく上昇しないとインフレ率が下がりにくいという関係にあります。x=失業率,y=消費者物価指数中央値前年同月比上昇率とし,2021年1月から2025年8月の期間において,3次式を用いた回帰分析を行うと,
y=−0.5086x3+8.4123x2−46.456x+88.016 決定係数0.9371
という推計式が得られました。直近値(2025年8月:失業率4.3%,インフレ率+3.6%)も,この推計式が描く傾向線に概ね沿っています。この関係に基づけば,インフレ率がFRBが目標とする2%へと下がって行くには,失業率が5%を超えて大きく上昇することが避けられないようです。フィリップス曲線は何らかの外的ショックによりシフトしたり,形状が変わる可能性もあります。ただ,トランプ関税が物価を押上げる方向のショックであることを考慮すれば,2%へのインフレ率の低下には,上の推計が示す所よりも大幅な失業率の上昇が必要になるかもしれません。
長短金利差の拡大が進む見込み
雇用情勢の悪化を受けて,9月16,17日開催のFOMCでは事前の市場予想通りの0.25%の政策金利の引き下げが行われました。また,FOMC参加者の見通しによれば,今年末までさらに0.5%の利下げ見込まれており,10月,12月のFOMCでも利下げが続く公算が大きくなっています。
過去,1990年以降の4回の景気後退期の前後における政策金利(フェデラル・ファンズ実効金利の合計の低下幅は,平均で5.01%となっています(月次平均ベースで計算)。今回の政策金利のピークは5.33%であり,そこから昨年9月~12月に合計1%の利下げが行われました。これから景気後退になって失業率が5%を大きく超えてくれば,過去と同様に大幅利下げになり,政策金利が0%台まで下がることも十分考えられます。ただ,そうした場合でも,30年物財務省証券利回りのような長期金利はあまり下がらず,長短金利差が拡大するでしょう。上記の4回の利下げ局面における30年債利回りの低下幅は,平均1.12%に留まっています。また,30年債利回りと政策金利の差は,政策金利のピーク時には平均−0.35%と長短金利が逆転していることが多かったのが,利下げ終了時には平均+3.54%となっていました。
一方,景気後退に至らず,失業率が小幅上昇に留まって5%に至らないようであれば,利下げは長く続かないでしょう。インフレ率は高止まりして,30年債利回りは現在の4.7%前後からむしろ上昇しそうです。
FRBが利下げしても長期金利が下がりにくければ,大幅な財政赤字が続き政府債務が累増する中,政府の利払い負担が増します。トランプ政権はFRBに国債買い取り増による量的緩和を求めるなどして長期金利の押下げを図ろうとするかもしれません。ただ,そうした場合,米ドルへの信認が揺らいで米ドル安が進むことで米国のインフレ率を押し上げることにもなりかねません。
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