世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国自動車戦国時代:過熱する価格戦と業界再編の始まり
(多摩大学 客員教授)
2025.06.09
大幅値下げに踏み切ったBYD
618中国ショッピングデーに合わせ,最大手のBYDは5月後半から22車種を対象に平均3万元の値下げに踏み切った。下げ幅は34%に上る。最も安いのはエントリーモデルの海鴎で5.5万元である。業界に激震が走った。
BYDの第1四半期の業績は決して悪いものではない。売上は前年同期比36.4%増の1,703億元,純益は倍増の91.5億元である。販売台数は約60%増で100万台の大台に乗った。一方,不安材料もある。まず,在庫が急速に増えている。年初の在庫金額は1,160億元だったが,3月末には1,544億元へと33%増加した。つぎに,営業キャッシュフローは23.8億元と5年振りに減少した。また負債額は約6千億元に達している。子会社の分も含めれば8千億元に上る。但し,これら負債のうち有利子負債は10%程度であり,過半がサプライヤーからの買掛金となっている。
さらに追い打ちをかけるかのように,4月28日,BYD車を年間30億元販売している大手ディーラー山東乾城控股有限公司が資金繰り倒産に陥った。同社は山東省で20店舗を経営している。経営破綻の理由は,業界の激しい値下げ競争とBYDの押し込み販売による在庫過多と言われる。爆発的な勢いで業容を拡大させてきたBYDの経営に対する懸念が否応なしに高まるようになった。
こうした中,BYDが大幅値下げに踏み切った理由は3つある。まず,販売台数は4月以降も増勢を維持しているものの,競合他社の追い上げが激しくなってきた。とくに吉利汽車,VWと合弁を持つ上海汽車,そして長安汽車の猛追である。車種別でみると,業界トップを走っていた海洋シリーズの「海鴎」が,昨年9月に発売された吉利汽車の小型EV「星愿(7.99万元)」に抜かれた。売れ筋だった王朝シリーズの宋Pro,宋Plus,秦Plusの販売も30~40%減となった。競合他社との値下げ競争に直面した結果だろう。次に,上述の通り,在庫が積みあがっていった。最後に,今年の販売目標550万台に対し,1−4月の販売台数は138万台であり,目標達成にはこの時点で55万台足りない。
過熱する価格戦
消費刺激策として「以旧換新策」が導入され,手持ち車両を廃車ないし下取りに出し新車を購入する場合,中央政府,地方政府それぞれの助成金とディーラーの値引きも併せれば,新車価格は3万元程度下がる。これに加えメーカー各社の値下げ競争も激化している。
理由の一つが,各メーカーの野心的な生産・販売目標である。今年3月に開催された全人代において,2025年のNEV販売台数目標が1,300万台に設定されたが,BYD550万台,吉利汽車271万台,長安汽車100万台など主要メーカーの販売目標総計は国家目標を大きく上回る。
一方,4月2日にトランプ大統領が対中相互関税145%を課すと公表したのを機に,消費者心理はひどく冷え込んだ。5月12日に90日間を限度に115%引き下げが合意されたものの,先行き不透明感は依然色濃く残っている。トランプ関税の影響を直接受ける雇用者は500万人に上ると言われる。消費マインドは「安くて良いもの」に傾斜している。NEV販売が右肩上がりの増えているのは,上述の補助金政策の後押しがあってのことだ。同政策を利用した新車の購入台数は昨年だけで680万台に上った。今年1−4月も含めれば1千万台に達したとも言われる。
また,NEVの安全性に対する不安を高める事故も起こった。昨年鳴り物入りで販売された小米のSU7が3月29日,武漢市の高速道路で自動運転中に衝突事故を起こし,同乗していた3名の大学生が死亡したという事故だ。小米のSU7は,自動運転機能が大きなセールスポイントになっていたが,これに冷や水を浴びせる事故だった。
この結果,中国汽車流通協会によれば乗用車の在庫台数は4月時点でほぼ20カ月ぶりに350万台に増加した。NEVに限ってみれば,過去最高の85万台にのぼっている。NEVのメーカー在庫は25万台,ディーラー在庫は60万台。ディーラー在庫はこの1年間で倍増する一方,メーカー在庫の増加は10万台程度に留まっている。
ディーラーの経営は苦しさを増している。助成金詐欺も横行するようになった。仕入れた車を売れたことにして,車両登録を済ませた後,直ちに中古車として販売する「ゼロ走行中古車」も増えているという。一方で,メーカー側による自動運転機能など「智能化」の誇大宣伝も後を絶たない。自動運転L2レベルであるにも関わらずL4の機能を有しているかのように見せる広告である。また,エントリーレベルの車両であっても,車載冷蔵庫,座席のマッサージ機能,後部座席の液晶モニター,8チャンネルオーディオなどが標準装備されるようにもなってきた。性能・機能面での差別化は困難さを増す。
業界内では,「3万元,5万元も価格を下げて,品質は維持できるか,開発コストを賄えるのか?」という悲鳴も上がっている。工業信息部と業界団体である中国汽車協会,中国汽車流通協会は,5月23日,最大手のBYDによる価格引き下げを「悪性価格戦」と呼び,業界の健全な発展を阻害するとして,やり玉に挙げた(声明では「某社」とされている)。中国製造業の平均利益率は5.4%だが,自動車の場合,昨年は前年比8%低下し4.3%という低水準になった。外資の三分の一のレベルだ。今年第1四半期は,さらに低下し3.9%まで落ち込んだ。最もコスト競争力のあるBYDですら今年第1四半期の台あたり利益は1万元を割り込んだ。上海汽車は3千元,広州汽車に至っては2千元の赤字である。
業界の淘汰・再編成が進む
こうした事情の背景にあるのは,激しい競争に加えプレーヤーの数が多すぎることである。「出る杭には群がる」のが中国ビジネスの特徴だが,それが過当競争を生んでいる。この結果,新興NEVメーカーの中には,売れば売るほど赤字が増えるメーカーも出ている。
業界の健全な発展のためには,整理淘汰が待ったなしの状況にあるといえる。また,NEV化に後れを取った国有自動車メーカーの再建も大きな課題だ。乗用車市場における民族系メーカーのシェアはこの4月に70%に達したが,うち42%を民営NEVメーカーが占める。NEVメーカーの上位15社の販売シェアは95%に上る。
3月末,国有資産管理委員会は,中央直轄の国有自動車メーカーである第一汽車,東風汽車,長安汽車の戦略合併の実施を発表した。時期などの詳細は詰めの段階にあるとみられるが,これが実現すれば,現代自動車を抜き,トヨタ,VWに次ぐ800万台規模の世界第三位の自動車メーカーが誕生する。ガソリンエンジン車の生産統合,NEVの開発・生産も加速されるだろう。そしてBYDが今年の生産目標を達成すればGMに次ぐ世界第6位となる。
民営メーカーについても,すでに中小メーカーの統廃合が始まっている。この数年で50社近いNEVメーカーが整理・淘汰された。今後,10社程度に集約されてゆく可能性は高いが,そこで壁になってくるのが,「地方主義」である。NEV化推進は国策であり,その実施主体は主に地方政府に委ねられている。地元企業の整理・統廃合は,当然地元経済や雇用にダメージを与えかねない。しかし,地方政府とはいえ,整理・統合の大きな流れには逆らえないだろう。現地専門家によれば,中期的には自動車戦国時代を経て「7雄(7社)」程度まで収斂してゆくのではないか,とのことだ。
日本メーカー必死の巻き返し
優勝劣敗の戦国時代に突入した中国の自動車業界において,圧倒的に遅れを取ったと言われていた日本メーカーも今年に入って必死の挽回策に打って出ている。広州トヨタの販売台数は2022年から今年4月にかけて30%以上低下した(但し一汽トヨタはBYDのバッテリーを搭載したエントリー価格15万元のbZ5投入が奏功し第1四半期の日系メーカーで唯一販売台数を14%増やした)。東風ニッサンは60%もの減少である。広州ホンダ・東風ホンダも売り上げは30%減。
頽勢挽回のため,日本メーカーは今年に入ってエントリー価格11万元のPHEVの新モデルやEVを相次いで上市している。いずれも現地で開発し,部品も現地で調達したものだ。トヨタの場合,開発bZシリーズとカローラ)の全責任を負う「主査」が全員中国人エンジニアとなった。今年3月北京で開催された国際ビジネスフォーラムに出席した豊田章夫会長は,現地幹部に対し「開発,生産,販売すべてを現地に任せる」と言い切ったと伝えられる。広州トヨタの中国人主査が開発したSUVの新型bZ3x(中国名は铂智3x,铂智とは『優勢』の意,一汽トヨタのbZ5よりも3万元安い)は3月発売開始1時間で1万台売れたという。
昨年常熟工場を閉鎖し,今年武漢工場の生産停止を公表した東風日産は,PHEVのセダンN7を4月25日に発売開始した。5月末までの販売台数は17,215台と好調に見えるが,BYDの安値攻勢の直撃を受け,実売価格は6万元も下落したと報じられている。また東風日産鄭州工場は,PHEVピックアップトラックZ9GEを5月末に発売開始した。外観に日本色は全くない。
広州ホンダは,昨年コンセプトカーとして公表した5車種のEVを今年に入って販売開始している。「烨」シリーズが3車種,新型アコード,それに新型シビックである。「烨」とは,燃え盛る炎という意味だが,NEVの発火事故が相次いでいる中,ネーミングに首を傾げるユーザーもいると言う。烨S7と新型アコードはすでに販売が開始されている。烨GTは,華為との共同開発車だ。
また,長安マツダも20億元を投じ,電池のCATL,鋼鈑の宝山製鉄,ITのMediaTekといった現地サプライヤーと共同開発した純電動のSUVであるEZ6,EZ60をこの夏から販売開始する。これは国内市場というよりも輸出市場を狙ったものだ。日本のブランドと中国の技術の融合とも言える。
日本ブランドのなによりの強みは,安心,安全,高品質というイメージである。一方で,車種が少ない,IT化が遅れている,デザインが中国人好みではない,しかも高いといった課題も指摘されてきた。NEV業界の競争が激化する中,前者を活かしつつ,後者の課題を解決するには中国のサプライヤーとくに電池・電子機器メーカーとの協業が不可欠になっている。戦況は極めて厳しいと言わざるを得ない。在華日系メーカーにとって存亡を賭けた戦いが始まっている。
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