世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ「新」相互関税:「決着」とはほど遠い中味
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.08.11
4月2日,トランプ大統領が発表した相互関税は,紆余曲折を経て,相手国別の税率を当初から大きく変更し,7月31日,大統領令(Executive Order, Further Modifying The Reciprocal Tariff Rates)として発出された。8月7日(米国東部時間)から課税が始まる(本報告は日本時間7日午前中に作成)。
新たな相互関税率は,この大統領令に添付された付属書Ⅰ(4月2日付大統領令より12ヵ国・地域多い69ヵ国・地域を掲載)によると,最高が41%(対象はシリア),以下40%(ラオス,ミャンマー),39%(スイス),35%(イラク,セルビア),30%(アルジェリア,ボスニア・ヘルツェゴビナ,リビア,南ア)と続く。最低は10%(ブラジル,英国,フォークランド諸島)だが,7月31日付ファクトシートによると,付属書Ⅰに掲載されていない国・地域に対する相互関税率はすべて10%とされている。この大統領令では,4月2日付大統領令にあった「全ての国・地域に適用される10%のベースライン関税」という表現が見当たらないが,この10%がベースライン関税として存続していると思われる。
付属書Ⅰに掲載されていない主な国はロシア,中国,カナダ,メキシコ,オーストラリア等。相互関税率の高さで注目されるのは,スイス(39%)のほか,インド(25%),バングラデシュ(20%)などだが,なぜ高率となったのか,相互関税交渉で何があったのかなどの噂話は各種媒体に散見されるが,米国政府は何も説明していない。
相互関税率が15%となったのは,日本,EU,韓国など合計40ヵ国・地域で全体の58%を占める。この40ヵ国・地域のうち,付属書Ⅰでは,EUだけが,「MFN関税率が15%以上の品目には相互関税は課税されない。15%未満の品目については,15%とMFN関税率との差が相互関税率となる(つまり,MFN関税と追加される相互関税率との合計が15%となる)と書いてある。同様の説明は,8月7日,米国税関・国境警備局(CBP)が発表した「相互関税に関するガイダンス」にも明記されている。しかし,ジェトロのビジネス短信が報じているように,CBPの「ガイダンス」には,同じ15%の日本などEU以外の国・地域について,EUと同様の説明は全く見当たらない。
これはおかしい。日本政府は,7月25日付の内閣官房の「米国の関税措置に関する総合対策本部事務局」による「米国の関税措置に関する日米協議:日米間の合意(米国時間7/22)(概要)」で,日本もEUと同様の扱いを受けると明記している。日本政府の発表で,日本がEUと同じ扱いを受けるのであれば,韓国など同じ15%の他の国・地域も,EUと同様に扱われるとみるべきであろう。
CBPのガイダンスでは,「積み替え(transshipment,相互関税を回避するための迂回輸出)とCBPが判断した物品には,40%の従価税を課す」と明記されているが,積み替えに関する具体的な判断基準は示されていない。また,相互関税ではなく,1962年通商拡大法232条による日本の自動車・自動車部品関税も,MFN税率2.5%に25%の追加関税を加えた27.5%が15%に半減されると合意されたが,いつから実施されるのかはっきりしない。8月5日から5日間の予定で訪米中の赤澤経済再生担当相が,こうした関税措置の疑問点を解決してくるのではないかと思われる。
一方,日米関税交渉で日本が約束した最大5500億ドルの対米投資について,トランプ大統領は投資利益の90%を米国が得ると主張している。しかし,上記内閣官房の資料では「出資の際における日米の利益の配分の割合は,双方が負担する貢献やリスクの度合いを踏まえ,1:9とする」としている。トランプ大統領は8月5日のCNBCのインタビューで,この5500億ドルは野球選手が受け取る契約金のようなもので,私は日本から5500億ドルの契約金を受け取った。これは我々のお金だ。EUの対米投資6000億ドルも同様だ」と語っているという(6日付ネット版NHK News,朝日新聞)。
ベッセント財務長官は「日本が合意を守っているか,四半期ごとに確認し,トランプ大統領が不満なら関税を25%に戻す」とも発言している。マルチの交渉を嫌い,バイの交渉に拘り,米国ファーストを貫くトランプ大統領。数ヵ月経っても貿易赤字が縮小していないと分かった時,今度は貿易統計担当の高官の首をはねるのだろうか。
[注]本稿出稿後,7日付朝日新聞夕刊は「15%の特例措置が適用されるのはEUのみ」とのホワイトハウス当局者の見解を報じたが,翌8日朝8時過ぎ,NHKは「7月31日付の大統領令は,日本の主張に沿って修正される」との赤澤大臣の発表をワシントンから報道した。
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