世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
No.3881
世界経済評論IMPACT No.3881
天然資源で見えた「経済安全保障のジレンマ」
(神戸大学大学院経済学研究科 研究員・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.06.23
「経済安全保障」は国際政治学者が得意とする概念ではあるが,実務家にとってはさらに重要である。筆者も意識させられたことがある。
新興国を対象とする海外証券投資の専門家としては,中国の世界貿易機関(WTO)の加盟以降,北京観察が本格化した。中国の証券決済日は何日目なのか,外国人の証券投資の利益に対する課税の根拠,先物取引でリスクヘッジができるのか,証券投資の利益は日本に送金できるのか。日常的なことが当時は,謎だった。HSBC,シティバンクなど外資系金融機関(グローバルカストディアン),法律事務所,そして先行企業などへのQ&Aを積み重ねで,中国語,日本語,英語の3言語で理解を深めていった。 公表される許認可から勝手に読み取ったのが,米国,欧州,他の地域とバランスさせる可能性だった。 中国のWTO加盟に先駆けて15年間,米中交渉があった。米国に先行利益があるかもしれないが,長期的には,バランスされる,つまり日本にも機会があるという仮説をたてた。取引があるグローバルカストディアンを業者とするか,中国の金融機関を選ぶのかは,悩ましい問題だった。米国か中国の金融機関かまで絞ったうえで,米中双方が金融封鎖をしたらどうなるのか,ということも思考実験をした。慎重な結論は金融機関の選択では防げない。人民元資産は事情によっては,日本に戻せないというリスクを説明し,取締役会の承認を得たと,記憶している。 さて,日経の朝刊・夕刊で,「経済安全保障」は2025年(6月20日現在)で247回,2024年の同時期は256回(通年で711回)。対共産圏輸出統制委員会(COCOM)が解散した1994年から数えてみたが,2018年までは年間20回も登場しない。しかし,2019年25回,2020年92回,そして2021年352回と急増している。ほぼ同時に,「米中対立」が増えて,「世界貿易機関(WTO)」が減少している。 トランプ政権のディールで登場するのは関税だけではない。米国は4月30日,ウクライナと,同国の天然資源に関する協定を締結した。トランプ政権が「自由で主権を持ち,繁栄するウクライナを中心とした平和プロセスにコミットしている」ことをロシアに示すものだと述べた。すると,大型連休を利用して,東海岸のシンクタンクや米国政府,議会を訪問する日本の米国観察者も天然資源に関心を示し始める。 さらに,6月9日・10日,米国と中国の貿易問題に関する閣僚級協議では,合意の詳細は明らかでないものの,レアアース(希土類)の輸出管理の緩和も協議されたと報じられている。 中国の鄧小平が,湖北省・広東省・上海など南部地域を視察,各地で改革開放の加速をよびかけ,天安門事件以降低迷していた経済が回復するきっかけとなった。この南巡講話は1992年だ。さらに,COCOMが解散,WTOが創設され,30年が過ぎた。インターネット時代の30年でもある。中国はソ連・東欧とは異なる経済成長,技術発展,相互依存的な対米経済関係を構築した。 米国では,クリントン政権(1993~2001年)以降,リビア,イラン,イラク,北朝鮮への大量破壊兵器(WMD)関連機微物資・技術の厳格な禁輸政策を実践した。中国との取引は監視されながらも,基本的には相互依存関係にあった。中国の国有企業の海外IPOは米国の金融街を潤した。2005年,国営の中国海洋石油集団(CNOOC)による米石油企業ユノカルの買収案件は議会の反対で実現しなかったが,2004年末,中国のレノボは米国IBMからパソコン部門を買収することで合意,富士通やNECも合弁会社を持つ。 パソコン,スマートフォン,自動車から,民間航空機,宇宙衛星,さらには兵器においても,デジタル化が進み,多数の半導体を必要とする。そこでレアアースの重要性を帯びる。レアアースと半導体の関係性だ。 米中対立は,高速通信5Gの分野で中国の技術が西側を凌駕したことで顕在化した。具体的には西側の通信会社が,中国の華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)を採用の排除を目指した。 ウラン,チタン,レアアースなど重要鉱物獲得では,限られた企業が参入でき,政府の貿易規制を受けやすい,希少品を獲得する「権益」ビジネスである。開発の不確実性,政治リスクも高いが,利益幅も大きい。石油・天然ガスと同様である。 天然資源に絞っても相互依存関係があることを,米国の政府交渉から気づかされた。もちろん,日本も,トランプ政権の米国で,鉄鋼,造船で一定の成果を得ている。 経済理論や経済統計・財務諸表の分析では説明しきれない,天然資源,半導体などに見られる「経済安全保障・米中対立のジレンマ」も観察していくしかない。なぜなら,米中対立は始まったばかりと位置付けているためである。トランプ政権は専門外だが,少なくとも中国は米国との競合関係を長期的に考えているのだろう。[参考文献]
- 『国際問題』日本国際問題研究所,2007年12月号
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3881.html)
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