世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界経済を支えてきた米国の財政赤字
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.06.23
プラスのGDPギャップ下で大幅財政赤字
米国の一般政府(=連邦政府+州・地方政府+社会保障基金)の財政収支は,一時的変動が大きい資本移転分を除くと,GDP統計ベースで2025年1−3月期にはGDP比7.3%の赤字でした。2023年1−3月期以降,7%前後の赤字が続いています。1990年からコロナ禍前の2019年までの平均値5.6%を上回り,歴史的に見てかなり高水準の赤字と言えます。一方,議会予算局が推計する潜在GDPに基づいて,経済全体の需給バランスを示すGDPギャップを算出すると,2021年4−6月期以降,プラス,つまり需要超過が続いています。通常,景気拡大が続いてGDPギャップがプラスになると,税収が増えて財政収支が改善する傾向があります。2022年前半まではそうした動きが見え,財政赤字は一時GDP比3.5%まで縮小しました。しかし,2023年のバイデン政権による個人所得税の税率区分変更が,実質的な大幅減税となったことなどから,財政赤字は再拡大しました。
トランプ政権は関税賦課による政府歳入増を狙っている一方,所得税減税も計画しており,財政赤字縮小の見込みは立っていません。特に,景気が悪化すれば,税収減によって財政赤字はさらに拡大するでしょう。
国内民間部門は貯蓄余剰
非金融企業と家計を合わせた国内非金融民間部門の資本移転分を除く貯蓄投資収支は,コロナ禍の下での多額の給付金支給などで一時大きく揺れ動きましたが,2023年1−3月期以降はGDP比3,4%台の黒字で推移しています。貯蓄余剰,つまり支出が収入を下回る状態にあります。GDPギャップがプラスの中での大幅な財政赤字は,財政政策が民間部門の需要不足を補い,米景気を押し上げてきたことを示しています。
ただ,財政赤字の幅は,民間部門の貯蓄余剰の幅を上回り,米国経済全体の貯蓄・投資のバランスを示す経常収支(GDP統計ベース)は,2025年1−3月期にはGDP比−4.8%と,1990年から2019年までの平均値−2.8%と比べて大きな赤字となっています。その点では,米国の財政による景気の押し上げは過剰になっているようにも見えます。
米国の対外純債務が増える中で米ドル高
経常収支赤字が続いている結果,米国の対外純債務残高(対内・対外投・融資残高のネット・ポジション)は累増しています。2007年末にはGDP比8.7%の債務超であったものが,コロナ禍前の2019年末には債務超幅はGDP比53.2%になり,2024年末には88.3%に達しています。対外債務が増大する中でも,BIS(国際決済銀行)が算出する米ドルの月次実質実効為替レートは,2011年7月を底に4割以上,上昇しています。
経常収支赤字が示す米国の超過需要は,米国以外の国にとって余剰供給能力のはけ口となっています。さらに,そうした国が余剰貯蓄を米国への投・融資に回してきたことが,米ドル高をもたらしています。米ドル高は米国以外の国から米国への輸出を促します。それらの点では,米国の経常収支赤字の拡大とその背後にある大幅な財政赤字が,コロナ禍後の世界経済を支えてきたとも言えます。米国にとっても,米ドルへの資金流入が続いていることで,経常収支赤字や財政赤字のファイナンスをスムーズに行うことができています。
トランプ政権は,高率の関税賦課によって米国の経常収支赤字が削減される一方,輸入に代わって国内生産が増えて所得が増大することを期待していると考えられます。しかし,実際にはコスト上昇によって国内企業や家計の所得が実質的に減退する事態を招き,内需が減退して経常収支赤字が縮小することが予想されます。ただ,いずれにしても,日本を含めた米国の超過需要に依存してきた国々にとって,景気への悪影響は米国以上に大きくなりそうです。
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