世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「東昇西落」の世界:米中休戦の行方
(多摩大学 客員教授)
2026.01.12
現在は,コンドラチェフサイクルの第五波から六波への移行期にあるといえるだろう。80年代からのコンピューターの普及と2000年代に始まったIT革命は,社会生活の有様を大きく変えた。80年代に経済・産業のピークを打った日本の経済産業は,その後の半導体敗戦,金融敗戦を経て「失われた30年」に入っていった。
戦後の冷戦に勝利した米国は,ソ連崩壊後,「独り勝ち」の状態にあったものの,2008年のリーマンショックと中国の急速な台頭の中,凋落が始まっているように見える。これを第五波の終焉を見ることもできる。今起こりつつある第六波は,AIやロボット,EVの普及と端緒としたモビリティーの大変革など第四次産業革命が主導しているように見える。リーマンショック後,中国のGDPは日本を抜き,購買力平価でみたGDPは米国を凌駕した。そしてこれら先端分野において中国は米国に肉薄しつつある。コンドラチェフサイクル第六波のキイワードは「東昇西落」と言えるかもしれない。
「東昇西落」が最も当てはまるのが,昨年10月31日に釜山で行われた米中首脳会談だろう。この会談では,米中双方が関税引き下げ措置の鉾を1年間収めることで合意し,中国は,昨年7月来停止していた米国産大豆の輸入再開に踏み切り,フェンタニルの前駆体輸出規制を行う一方で,レアアースの輸出ライセンス発給を加速することをコミットした。米国は,AI向け先端半導体の輸出規制緩和を行い,中国製造貨物船舶の米国寄港手数料の導入を見送った。2025年の米中関税戦争は,中国側優位の状態で休戦を迎えたと言える。
米中関係を「5つのC」すなわち,co-operation(協力),co-existence(共存),competition(競争),confrontation(敵対)そしてconflict(衝突)の段階で示すとすれば,confrontationとcompetitionからco-existenceのレベルに落ち着きつつあるようだ。そして,今年4月に予定されているトランプ大統領の北京訪問において,両国関係には,co-operationの要素も生まれてくるのではないだろうか。実際,米中首脳会談の後,トランプ大統領は,NVIDIAのAI向け先端GPU半導体H20の中国向け輸出を解禁しただけでなく,昨年12月にはH20の一段上をゆくH200まで,政府内の反対を押し切って解禁している。「狭い土地に高い壁を作る」というバイデン政権の対中技術封じ込め政策は事実上放棄されつつある。もっともトランプ大統領は,この緩和措置を実施するにあたって,H20については対中売上の25%,H200には15%の「上納金」をNVIDIAに課すことを条件としているが。
いかに先端技術の対中輸出規制を強化しても,中国は国家資金をつぎ込み,猛烈な勢いでキャッチアップしてくる。輸出規制は逆に中国の技術力を更に高めるという逆効果をもたらしかねない,ならば先端半導体の輸出規制を緩和することにより中国の米国依存を維持し,自主開発のテンポを遅らせることができるかもしれない,という判断もあったのだろう。
また,昨年11月に公表された国家安全保障戦略(NSS)では,米国の安全保障の優先順位を①国内の移民,麻薬問題,②中南米などの西半球における米国覇権の確立,とりわけ反米かつ産油国でもあるベネズエラに対する軍事的圧力の強化,③アジア・インド洋地域にランクづけし,欧州の安全保障はNATOに,中東はイスラエルに委譲することが明確にされた。但し,アジア・インド洋地域における米国の安全保障面でのコミットメントは以前よりも縮小されることは明らかだ。とりわけ不法移民の排除については,白人が早晩マイノリティーになってしまうという恐怖感もあるのだろう。昨年の推計では,5歳以下の非白人人口が初めて半数を超えた。
なお,トランプ大統領は,12月,台湾に対し総額112億ドルの武器売却を行うと発表し,中国側の反発を招いたが,トランプ大統領の目的は,台湾の防衛力強化というよりも,むしろ輸出の拡大に力点が置かれているのではないだろうか。価格は「ぼったくりレベル」の高額なものであろうし,納期未定の前払い,というのが取引条件になっているはずだ(これは日本も同じ)。これは中国側も承知していると思う。トランプ大統領は,台湾問題に対する伝統的な曖昧戦略を捨て,台湾問題は中国の国内問題であるとし,「一つの中国」を容認したのだろう。中国側が「休戦」に応じたのも,トランプ大統領の訪中を受け入れるのも,このことが確認されたことが最大の理由だろう。台湾向け武器売却は,中国にとっては迷惑なことだが,米国の軍事介入を確約するものではない。
米中首脳会談後の,双方のやりとりを見ていると,休戦状態が破綻する可能性は低いという印象を受ける。中国に対しては「関税パンチ」が効かない上,中国の報復措置によって自国産業が手痛いダメージを被ること,技術封鎖は逆に中国の「自立自強」を後押ししかねないこと,第二列島線以西の軍事バランスにおいて中国側の優位性が急速に高まっており,米国一国ではアジア・太平洋地域の「有事」に対応できないこと,などがその理由だ。米国は自らの血を流してまで中国と事を構える力もないし,その意図も放棄しつつあると見るのが妥当だろう。そもそも,軍艦を製造する能力すら失っているし,短期的に見れば,ウクライナ向け軍事支援により,米軍の武器・弾薬の在庫は払底しつつあるともいわれる。米国は最低でも中国と共存ないし併存する他に選択肢はなくなりつつあるのではないか。
米国の力は依然侮れない。昨年10月末に実現した米中休戦は,刀を納めたもの鯉口は切ったままだ。中国は1,200万トンの米国産大豆の輸入に合意したが,米国の今後の対応次第では,それが反故にされる可能性もある。NVIDIAのAI向け半導体については,これに代替し得る半導体の開発が進められている。「休戦」とはいえ,中国はしっかりと米国に対抗し得る強国政策を推進している。これに加え,トランプ2.0発足一年で,同盟国を含む諸外国の米国に対する信頼感は相当程度低下している。豪州のシンクタンクLowy Instituteが昨年12月に公表した「Asia Power Index」に依れば,米国の総合スコアは100点満点の80.4で中国の73.7を上回っているものの,外交面での影響力と対外経済関係では中国が米国を大きく上回った。
トランプ政権の自国本位主義と関税棍棒によりアジア諸国の米国に対する信頼は確実に棄損されているといえる。また,相互関税措置に関わる交渉では,日本,韓国,EUという米国の同盟国がより大きな負担を負うことになった。特に,ウクライナ戦争において米国の支援を打ち切られた状態にあるEUは軍事面での離米に備えなければならない。
年明けの1月3日,米国はベネズエラに対し,インフラ施設に対するサイバー攻撃,主にキューバ兵が駐屯している軍事施設に対するミサイル攻撃,そして陸軍精鋭部隊のデルタフォースによるマドゥーロ大統領夫妻の身柄拘束を行った。マドゥーロ大統領夫妻はニューヨークに送致され,「テロ謀議,麻薬密輸謀議および武器・破壊装置の不法所持」という米国の国内法に基づいて裁かれることになる。主権国家の元首の逮捕と軍事攻撃が米国内の法執行と見なされたわけだ。
米国の軍事行動能力は鮮やかなものだったが,この行為の法的な曖昧さとダブルスタンダードは,他の中南米諸国,とくに中国に近い「ピンク・カントリー(コロンビア,メキシコ,チリ,ブラジル,ボリビア)」に衝撃を与えたに違いない。この作戦を指導したのは,マルコ・ルビオ国務長官と言われる。彼はキューバからの移民二世であり,キューバおよびキューバと緊密な関係を持つベネズエラに対し近親憎悪的な感情を持っていると言われる。「次はキューバ」とはトランプ大統領の発言でもある。そして,米国は,中南米諸国における中国の影響力の減殺も狙っているのではないか。世界最大の石油埋蔵量を有するベネズエラにとって中国は最大の原油輸出先である(中国にとっては輸入原油の2%に過ぎないが)。それに,ベネズエラは中国にとって600憶ドルという中南米では最大の貸付を行っている国でもある。
中国外交部は,米国のベネズエラ侵攻を強く非難し,マドゥーロ大統領夫妻の即時解放を要求しているが,トランプ大統領がこれを聞き入れるはずがないことも知っているに違いない。しかし,1月5日,中国の外交部の定例記者会見でスペインの記者が,「中国はグローバルサウス諸国により強力な安全保障を提供できるか」と質問した。これに対する答えは「グローバルサウス諸国は中国にとってパートナーであり,同盟関係にはない」と述べ,あくまで国際社会のルールを尊重し共存共栄を図る,と述べるにとどまった。「中国は,お金は出すし,技術も持ち込んでくれるが,貿易収支は赤字であるし,一旦ことが起こった場合,安全保障は提供してくれない」というレピュテーションリスクに備えなければならない。
ただ,過去,米国が軍事介入し,政権を交代させた国において,アメリカが後ろ盾となった新政権が長続きした例はない。米国がベネズエラに投じた一石は,むしろ,反米・嫌米・恐米の大きなうねりを世界に広げてゆくだろう。そして,ベネズエラ侵攻が米国の国内法に基づいて行われたという事実は,「両岸統一は中国の国内問題」という中国の従来からの主張を支えることにもなりえる。
今回の休戦は,ベネズエラ侵攻によっても破綻することはないだろう。中国は,上記のレピュテーションリスクに備えるとともに,米中併存を維持するのではないかと思う。これは,中長期的に見れば,米国の孤立化と覇権争いにおける米国の敗北につながってゆく可能性もある。中国には「紅臉白臉」という言葉がある。アメリカは「白臉」無理難題を要求する役割だ。中国の役割は「紅臉」。「戦わずして勝つ」のが中国の戦略である。
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