世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3709
世界経済評論IMPACT No.3709

第二次トランプ政権の関税政策の狙い

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.02.03

カナダ,メキシコ等との貿易収支が悪化

 2017年に始まった第一次トランプ政権は,中国,欧州,日本等からの輸入品に対して関税を賦課することによって,輸入を削減したり,相手市場の解放を迫って米国の輸出を増やしたりすることで,貿易赤字の削減を図ろうとしました。米国の国・地域別の財・サービス貿易収支を米国のGDPに対する比率で見ると,2017年には対中国は−1.71%,対EUは−0.46%,対日本では-0.30%,隣国のカナダ,メキシコの合計で−0.32%と赤字でしたが,その他の地域に対しては+0.16%の黒字でした。財・サービス貿易収支全体では−2.64%の赤字でした。2024年の7-9月期までを見ると,対中国は−0.88%,対日本では−0.21%と2017年と比べて赤字幅が縮小し,対EUでは−0.54%と概ね横這いでした。一方,対カナダ,メキシコでは−0.71%と赤字幅が拡大し,その他地域に対しては−0.69%へと赤字に転落しました。全体では−3.04%と2017年より赤字幅が拡大しています。日中欧の企業が生産・輸出拠点を第三国・地域に移して米国の関税を回避していることが示唆され,米国の貿易収支全体としては改善は見られません。

米国への生産拠点の移転を迫る

 第二次トランプ政権は,米軍機による不法移民の強制送還を拒否したとしてコロンビアに25%の制裁関税を課すとしましたが,コロンビアが受入れに同意したとしてすぐに撤回しました。カナダ,メキシコに対しても,不法移民と薬物の米国流入阻止に十分な対策を講じていないとして25%の関税を賦課する姿勢を示しています。関税引上げを脅迫材料にして,外交上の譲歩を相手国に迫まっている形ですが,その背後には経済的意図も見え隠れしています。上に述べたように,日中欧などの企業がカナダやメキシコに生産拠点を移して米国の関税を回避していることに対して,カナダやメキシコから米国へと生産拠点を移すことを迫っていると考えられます。

 米国の直接・証券投資の純資産・負債残高のGDP比を見ると,リーマンショック直前の2007年末時点では,直接投資は+11.7%と,対外直接投資残高が対内直接投資を上回っていました。一方,証券投資は-20.8%と対内投資残高が対外投資残高を上回っていました。第一次トランプ政権発足直前の2016年末時点では,直接投資は−0.6%と対外投資残高と対内投資残高が拮抗するようになり,証券投資は−39.2%と対内投資残高の超過分が拡大しました。直近値である2024年9月末には直接投資は−19.2%,証券投資は−53.2%と対内投資残高の超過分はさらに拡大しており,米国経済が海外からの資本流入への依存度を高めていることがうかがわれます。流動性が高い証券投資の流入超過分が大きくなると,何らかのきっかけで資本が流出した場合,金融危機が生じる可能性が高まります。トランプ政権は,直接投資による資本流入を促して,外国企業が米国での生産や雇用にコミットすることを狙っているようです。

経済的利益より政治的配慮を優先か

 ただ,世界的に見て財生産の付加価値が相対的に低下する中,労働コストが高く,関税引上げによって原材料コストも上昇しそうな米国で,生産や雇用を増やそうとする企業は多くないでしょう。12月30日付の本コラム(No.3673)「どうなる2025年?」でも述べたように,米国の設備投資は,設備,機械,建造物といった形あるものから,情報通信技術やAIなどに関する無形の知的財産にシフトしてきています。ソフトバンクなどによるAI開発プロジェクトであるスターゲイトにしても,トランプ大統領は10万人以上の雇用を創出すると主張していますが,AIの導入によって職を失うホワイトカラー労働者も増えるでしょう。経済全体として雇用や賃金が増えなければ家計にとってのメリットは小さく,むしろ関税引上げによる物価上昇がもたらす負の影響の方が大きくなりそうです。第二次トランプ政権の関税政策には,外交上の交渉材料に留まらない経済的意図があるとしても,それが米国経済にとって本当に利益になるかどうかは疑問です。

 それでも,トランプ大統領は,輸入関税などを梃子に外国企業に米国への生産拠点の移転を迫ることにこだわりを見せるでしょう。1月20日付の本コラム「米国の部門別雇用・賃金の構造変化」でも述べたように,製造業の就業者数比率や相対賃金水準の低下に示される製造業の衰退が,ブルーカラー労働者の不満を高め,大統領選の決め手となったラストベルト州でのトランプ勝利につながったと考えられます。民間非農業部門就業者に占める製造業の比率は10%を切っており,製造業の雇用を守ることは,米国経済全体の利益という観点では,もはやそれほど重要ではないのかもしれません。しかし,トランプ大統領にとっては,自らの返り咲きを実現させてくれたブルーカラー労働者やラストベルト州に報いるという政治的配慮は,経済的利益より優先すべきものでしょう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3709.html)

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