世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の大統領選と日本の衆議院選に見る大きな違い
(慶應義塾大学 教授)
2024.11.11
世界が注目する米国大統領選挙の投票が11月5日に実施された。大統領には共和党のドナルド・トランプ氏が返り咲き,上院も共和党が過半数を制した。下院は本稿の執筆段階では結果が判明していないが,共和党がやや優勢な情勢だ。ウオールストリートではトランプ氏勝利を見越して10月から長期金利の上昇とドル高が進行していた。
ジョー・バイデン現大統領は,トランプ氏有利の情勢下で7月21日に大統領選への出馬をようやく断念した。その結果,対抗馬不在により現副大統領のカマラ・ハリス氏が民主党大統領候補として突如台頭することになった。予想外のハリス氏の登場による「新鮮さ」や,9月に開催されたトランプ氏との討論会で「大方の予想以上に善戦」したことから,ハリス氏への評価が一気に高まり,各種世論調査ではトランプ氏との差が狭まった。しかし,10月以降はその評価も次第に落ち着き,支持率は拮抗した。
経済政策の違いが際立つ米国,違いが少ない日本
米国では民主主義を揺るがすような極端な二極化が進んでいることが憂慮されるが,民主党と共和党では政策の違いが際立っているため分かりやすい。民主党支持者の多くはヘルスケア,気候変動,格差是正を重視し,共和党支持者は景気や企業活動の活発化を促す規制緩和・企業減税,厳格な移民政策を重要な政策課題と位置づけている。
税制の違いが際立っているだけに政策効果も分かりやすい。日本では先月の衆議院選挙を始め大方の選挙では消費税率引き下げ等を主張する野党が多く,与党は減税には言及しないものの財源の明確化には慎重だ。いずれも事実上の財政拡張型であまり違いがないように見える。
トランプ氏は大統領在任中の2017年に歴史的な大幅減税を実施し,法人税率を最高税率35%から21%へ引き下げ,個人所得税の最高税率も39.6%から37%に引き下げた。これらの減税措置により,企業利益を増やし,自社株買いを促進して株価の上昇に寄与し,高所得者層の減税額が大きく所得・資産格差の拡大を招いた。
こうした事態を憂慮したバイデン大統領は,2021年就任時から法人税率を21%から28%へ引き上げようと試みたが実現できなかった。この増税案は,ハリス氏が引き継ぎ,28%まで引き上げて税収増加分を低・中所得者の生活支援,子育て手当,住宅購入支援に充てる計画であった。
超党派の非営利組織「責任ある連邦予算委員会」の試算によれば,ハリス氏の政策案では,2026年以降の10年間で米国の政府債務(中央値)が約4兆ドル増加するのに対し,トランプ氏の政策案では7.7兆ドルも増加するとの予想だ。ハリス氏の政策は,富裕層・企業から低中所得者に向けた所得移転を目指し,財政への影響にも配慮がなされており,こうした視点が欠如する日本の選挙における政策論議とは異なっている。
株価への影響が政策の制約に
ハリス氏の政策は企業利益の減少や株安をもたらすが,トランプ氏の政策は企業利益改善や株価上昇が期待されていた。ウオールストリートがトランプ支持に傾いてきた理由もここにあると言える。米国の株価上昇は世界の株価上昇にもつながりやすいため,世界が注目する。対照的に,株価の下落は日本を始めどの国でも目立ちやすく,メディアのヘッドラインとして否定的に取り上げられる。投資家の発言力や影響力は低・中所得者に比べて大きい点は,米国や日本も共通する。
米国では,日本以上に物価の高騰が進み,住宅価格や家賃も高騰したため,低・中所得者層の生活が困窮しているが,そうした問題は良好なマクロデータからは見えにくい。2022年以降,米国連邦準備制度理事会(FRB)の大幅利上げにもかかわらず予想を上回る経済成長を続けており,株価も上昇してきた。米国における所得・資産格差は世界でも極端に大きく,政府が解決すべき重要な課題だ。
しかし今回の選挙では物価高騰が現政権批判に向かい,トランプ氏の勝利に寄与したようだ。トランプ氏の主張通りに輸入関税率の大幅引き上げや減税による景気拡大により再びインフレ圧力が高まると予想されており,FRBの利下げペースは緩慢になりそうだ。トランプ氏は利下げ圧力をかけると見られ,厳しい金融政策のかじ取りが必要になる。
トランプ氏の政策はドル高円安をもたらしやすい。日本では2022年の米国の利上げによる金利差拡大以降,超円安が進行している。同年4月以降,日本銀行の2%物価安定目標を超えるインフレを発生させているが,輸入物価高騰によるコストプッシュ型であるため,国民の生活負担感が高い。行き過ぎた円安は,日本の消費者や中小企業の活動を停滞させているが,輸出企業の利益拡大や株価上昇をもたらしている。日本銀行が超円安を是正するために利上げをしようとすると株安を招きやすく焦点が当たりやすい点が課題である。米国も日本も中銀にとって悩ましい時代が到来しそうだ。
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