世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
出光徳山でのナフサ分解炉のアンモニア混焼:化学産業と周南コンビナートのCN化の突破口
(国際大学 学長)
2024.09.16
2024年2月,出光興産徳山事業所(山口県周南市)は,操業中のナフサ分解炉でアンモニア燃焼実証を行い,投入熱量比20%程度をアンモニアに切り替えて安定燃焼させることに国内で初めて成功した。世界でも先進的な試みである。
筆者は24年5月,出光興産徳山事業所を訪れ,ナフサ分解炉のアンモニア燃焼実証が行われた現場を見学する機会があった。実証が終了してから3ヵ月経過していたが,現場には,アンモニア関連のタンク・配管等の施設が,今後の燃焼規模の拡大や周辺工場への供給に備えて,ピカピカの状態で存在していた。実証終了後も,見学者が絶えないと聞いた。
ナフサ分解炉は,ナフサを熱分解してエチレン,プロピレンなどを生成する,石油化学工業の根幹となる生産設備である。現在,日本各地に存在する多くのナフサ分解炉は,70%程度の低い稼働率に苦しめられている。しかし,この稼働率には,需給バランスの違いによる地域間格差があり,出光興産徳山事業所の場合には,約85%という例外的な高さを誇っている。このような背景もあって,全国的にナフサ分解炉の休止・廃棄が続くなかで(例えば出光興産自身も,24年3月,千葉事業所のナフサ分解炉の運転停止を発表した),出光興産徳山事業所ではナフサ分解炉の増設を重ねてきた。見学時点での同事業所のエチレン生産能力は,事業所別で全国第2位の62万3000トンに及んでいた。
増設は随時行われたから,出光興産徳山事業所には,新旧さまざまなタイプのナフサ分解炉が併存する。アンモニア混焼試験は,そのなかの古い炉で行われた。炉の最下部にアンモニアを注入しつつも運転員が注意深く操作することによって,20%燃焼を実施しても,NOX(窒素酸化物)やN2O(一酸化二窒素)を制御することに成功したという。実証炉の前に立って,当時の状況を説明してくださった担当者の表情は,使命感に裏打ちされて輝いていた。
カーボンニュートラルをめざす化学産業の道筋は,大きく三つに分かれる。第1は,熱源の転換である。基礎化学品の生産の出発点となるのは,ナフサ分解炉である。ナフサ分解炉は,化学産業における二酸化炭素の最大の排出源となっている。そこで使用する熱源を燃焼時に二酸化炭素を排出しない物質に変えないかぎり,化学産業のカーボンニュートラルは達成されない。ナフサ分解炉燃料のアンモニアへの転換は,まさにこの課題を実現する施策なのである。
第2は,原料の循環である。この点では,廃プラスチックを回収して化学原料として再利用するケミカルリサイクルが重要な意味をもつ。
第3は,原料の転換である。この点については,イノベーションを起こし,二酸化炭素そのものを化学原料として利用できるようにすることが,理想形である。いわゆる「CCU」(二酸化炭素回収・利用)であるが,化学産業は,その中心的な担い手となる。
これら三つの道筋のうち,カーボンニュートラルを実現するうえで「究極の施策」となるのは,CCUである。CCUが普及すれば,二酸化炭素は,地球温暖化をもたらす「悪者」から化学製品の原料となる有用な「いい者」に180度転換するわけであり,気候変動問題は根本的に解決する。
ただし,CCUが普及するには,まだまだ時間がかかる。それまでは,化学産業にとって,二酸化炭素の排出量を削減することが至上命題となる。その場合,最も二酸化炭素を排出する工程で抜本策を打つことが肝要なのであり,ナフサ分解炉での熱源の転換,つまり燃料をアンモニアに転換することが,カーボンニュートラルをめざす化学産業の「切り札」として,浮かび上がるわけである。
出光興産徳山事業所におけるナフサ分解炉のアンモニア燃焼実証の実施は,カーボンニュートラルをめざす化学産業の「切り札」の社会実装が始まったことを告げる開幕ベルである。もちろん,それを本当に「切り札」とするためには,いくつもの課題を解決する必要がある。現在,ナフサ分解炉の燃料として使われているのは事業所内の諸プラントから発生するオフガスであるが,当面の問題としては,アンモニアの登場によって行き場を失う,それらのオフガスの新たな用途を見つけなければならない。また,今後は,カーボンフリーのアンモニアをいかに調達するかという点も,大きな問題となるだろう。
とは言え,他に選択肢がないことも事実である。ナフサ分解炉の熱源転換なくして,化学産業のカーボンニュートラル化はありえない。オフガスの転用やカーボンフリーアンモニアの調達に関しては,すでにいろいろな動きが始まっている。今後の動向を注視していたい。
最後に付け加えておきたい点は,出光興産徳山事業所ナフサ分解炉のアンモニア燃焼実証は,化学産業のカーボンニュートラル化の突破口であるだけではなく,周南コンビナート全体のカーボンニュートラル化の突破口でもある点だ。同コンビナートに立地する(株)トクヤマや東ソーは,自家用石炭火力発電所燃料のアンモニアへの転換を計画している。これらの計画は,出光興産のナフサ分解炉燃料のアンモニア転換プロジェクトと,一体的に取り組まれている。今回の燃焼実証は,周南コンビナート全体のカーボンニュートラル化が始まったことを告げる「開幕ベル」でもあるのだ。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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