世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
賄賂と海外投資とPPP方式
(元立命館アジア太平洋大学 教授)
2024.08.19
インフラ建設運営でのPPP方式はインフラ関連の汚職を少なくする。インフラ事業は,利益水準が低く税金で賄う公共事業や,利益は出なくても独立採算運営でよい公共企業体により,建設運営がなされる。公務員は公共事業予算決定の権限を持つので,当該公務員に賄賂を贈れば,応札企業は十分過ぎる利益が確保できる。インフラ建設運営事業の利益水準は低過ぎるので,PPP方式での投資と資金を出す民間企業を募ることが困難だ。PPP方式の事業で賄賂があればその分投資コストが高くなり,利益が出るまでの期間が遅くなる。
インフラ建設を外国政府のODAで行い,現地政府が運営する方式は,インフラ関連の汚職を招き易い。ODAの決定権はODA受け手側の政府高官が実質的に持つ事が多いからだ。利益水準が低いインフラだから国家予算を使って建設し国有企業が運営する。しかし建設費は国家予算の税金ではなく,外国政府がODAで出してくれる。自国予算で賄うのは管理維持費と補修部品費だけだ。贈収賄をする双方に以下の共通認識ができ易い。外国政府間でODAを出す競争が生まれるようにすればよい。外国企業間でODA案件の受注合戦が生まれる環境を作ればよい。インフラ建設は乗数効果で経済成長に寄与し,収賄者には個人的利得がある。ODA借入金の金利は低いし,元本は据置期間後の長期分割支払いだ。経済成長で,政府予算での返済は可能だし,返済不能に陥っても,その時は,収賄した公務員は引退している。汚職は,汚職が無い場合に比し,経済に悪影響はあるが,個人的利得を得る魅力を排する程ではない。
製造業外国直接投資の事業収益性は高い。途上国間での外国投資誘致合戦で,投資優遇税制があり,早期投資回収も可能だ。途上国に設立する現地法人を合弁会社にして,輸入代理店や関連産業に従事していた現地資本を入れることも可能だ。そのような現地資本を使えば投資認可を出す国家公務員への贈賄はし易い。アフリカ他の鉱物資源目当ての外国直接投資の経験が中心の途上国では,賄賂をビジネスに使わない手は無いと考えられ易い。
OECD外国公務員贈賄防止条約1997年は,OECD以外の国にも開放されており,ロシア,トルコ,南アフリカ,コロンビア等を含め43か国が批准済みだ。しかし,中国,インドネシア,マレーシア,ペルー等は署名していない。これらの国の企業と競うODAインフラ案件では贈収賄がまかり通る虞がある。インドネシア,ベトナム,フィリピン,ケニア,ナイジェリアでのインフラ案件や製造業外国投資では注意が必要だ。ロシア,中国,ベトナム,軍事政権,権威主義的国家等では,汚職は政敵排除の手段として使われ易い。日本企業が政敵排除としての汚職撲滅キャンペーンの槍玉に上がると,他の日本企業にも影響が出る。国民は政治的指導者に扇動され易いからだ。贈賄を要求する公務員・政治家もいる。途上国では,公務員は全体の奉仕者との意識が低い。英語ができる公務員は,外資系企業に働く大学同級生より低い給与を,賄賂で埋めようとの誘惑に駆られ易い。
2024年7月,大リーグ・ドジャースで野茂のチームメートで,2005年に引退し,母国ドミニカ共和国でサンクリストバル市長だった,ラウル・モンデシーが,汚職罪で,懲役6年9カ月と罰金50万7千ドル(8千万円)の判決を受けた。13年間で生涯獲得年俸6千6百万ドル(74億円)を得たメジャー通算271本塁打の強打者だ。2010年からの6年間に5百万ドルの公金を横領した。自宅軟禁6年が経過し収監は免れた。スポーツ選手に政治倫理が乏しくなりがちなのは,2015年FIFA汚職事件,東京五輪汚職,堀井衆院議員にも見られる。人気商売なので公的倫理を鍛える場が少ない。FIFAワールドカップ誘致での逮捕者はFIFA理事の元プロサッカー選手のナイジェリア人と中南米出身者だ。
汚職を排するには,情報の透明性,反腐敗独立政府機関の設置,監視と執行能力の向上が役立つが,国家指導者層のコミットの度合いが肝心だ。その見極めに留意する。SNSは汚職排除に有効と言われるが,偽情報拡散にも有効なので,その効果には疑問がある。
2023年6月,天皇皇后両陛下はインドネシアを訪問し国立博物館でトゥグ碑文を御覧になった。5世紀,ボコール,ジャカルタを支配していたタルマ王国プルナワルマン王の水利灌漑事業を刻んだ石碑だ。同王は王母共々カシミール出身の仏教僧グナワルマンに帰依した。グナワルマンは424年宋に迎えられ,首都・建康で文帝と后妃そして貴族達に大乗戒を授けた。文帝は倭の五王による遣宋使の受け手だ。425年倭王・讃(履中天皇,仁徳帝長男)は文帝に上表文を奉り産物を献じた。438年倭王・珍(反正天皇,履中弟)は安東将軍となった。日本で大規模古墳造営がインフラ事業だった時,インドネシアでは大規模水利灌漑事業がインフラ事業だった。個人の権威や利得の為ではなく国民の生活福利向上がインフラ事業の本質だ。汚職は文化だから排除は困難だと言う人がいる。彼等には,このような歴史的知見をも踏まえた謙虚さが求められると思う。
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