世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
AOIPの主流化と対話国の協力
(亜細亜大学 特別研究員・ITI客員 研究員)
2024.06.10
ASEANは2019年6月の第34回首脳会議でASEANのインド太平洋構想であるAOIP(ASEAN Outlook on Indo-Pacific)を採択した。AOIPは,ASEAN中心性,包摂などを原則とし,新たなメカニズムを作らずEAS(東アジアサミット)など既存のメカニズムで対話と協力を進める構想であり,4分野(海洋協力,連結性,SDGs,経済その他の分野)で協力を進めるとしている。包摂は具体的には中国を排除しないことを意味している。また,EASなど既存のASEAN中心のメカニズムは中国が参加しており,実施の枠組みでも中国を排除していない。協力はASEANが協力の提供者ではなく受益者となっている。
ASEANは2023年の第43回首脳会議で第4 ASEAN協和宣言(ASEAN Concord Ⅳ)を採択,「ASEANは重要」,「成長の中心」,「AOIPの実施促進」を3つの柱とした。AOIPの実施促進では,具体的かつ実践的なプロジェクトによりAOIPの主流化と実施促進を図ること,AOIPを全ての対話国との実際的で具体的なウィンウィン協力の手段とすることなどが行動計画となっている。
対話国のAOIPへの協力については,2022年11月,第40回および41回首脳会議で「AOIPの4分野への参加に関する宣言」を採択し,AOIPの4協力分野にASEANの対外パートナーが具体的かつ実務的な支援を行なうことを促した。現在,日本,米国,インド,豪州,韓国,中国,ニュージーランドとAOIP実施促進のための協力で合意している(注1)。
米国,豪州,中国のAOIP協力についてはすでに論じている(注2)ので,ここではインド,韓国,ニュージーランドのAOIP協力について取り上げたい。
(インド)
インドとASEANは,第18回ASEANインド首脳会議(2021年10月28日)で「平和,安定,繁栄のためのAOIP協力に関するASEANインド共同声明」に合意し,第20回首脳会議(2023年9月7日)で「海洋協力に関するASEANインド共同声明」を発出した。インドの協力は他の対話国のようにAOIPの4分野で分けられておらず,次のように海洋協力が中心になっている。
- ① 海洋の安全と安全保障:災害救援,早期警戒システム,違法漁業対策,人身売買,武器密輸など。
- ② 海洋および海洋資源の持続的利用。
- ③ ASEANインドの連結性強化:ASEAN連結性マスタープランとインドの連結性イニシアチブのシナジーなど。
- ④ ブルーエコノミー協力:海洋生物多様性とエコシステム保全,環境にやさしく効率的な海洋輸送,海洋ごみ対策。
- ⑤ その他:持続可能な海洋観光の促進など。
(韓国)
インド太平洋地域の主要国である韓国は,中国への配慮からインド太平洋構想を発表してこなかったが,2022年5月に発足した尹政権は12月に「自由,平和,繁栄のインド太平洋のための戦略」を発表した(注3)。韓国のインド太平洋構想は包摂的な構想であり,特定の国を対象とすることなく特定の国を排除しないとしている。中国はインド太平洋地域の繁栄と平和の基幹的なパートナーと位置付けられている。また,最貧国から援助国になった唯一の国として経験と知識を活用して経済社会開発に貢献するとして,デジタルなど韓国が優位性を持つ分野を含め多様な協力を実施するとともにミニラテラルな協力を重視するとして,パートナーとして日本,韓米日,韓米豪,NATO,Quadに加え,韓中日をあげている。
韓国はAOIPへの協力を表明しており,第24回ASEAN韓国首脳会議(23年9月6日)でAOIP4分野での次のような協力を明らかにしている。
- ① 海洋協力:海洋安全保障,環境保護,海洋汚染除去,生物多様性保全,海洋連結性,資源管理,小規模漁村の支援。
- ② 連結性:インフラ,人の移動と交流,スマートシティ,デジタル連結性,強靭なサプライチェーン
- ③ 持続可能な開発目標:公衆衛生,気候変動,森林保全,ジェンダー平等,女性のエンパワーメント,包摂的なDXとイノベーションなど。
- ④ 経済協力など:ASEAN韓国FTA,RCEP,貿易円滑化,循環経済,零細中小企業,カーボンニュートラル,デジタル経済,サイバーセキュリティ,ASEANの格差是正,サブリージョナル開発など。
(ニュージーランド)
ニュージーランドは,ASEANニュージーランド外相会議(23年7月13日)でAOIPへの協力に合意し,次のような4分野のAOIPへの協力を行うとしている。
- ① 海洋協力:海洋安全保障と安全を含む海洋協力,国連憲章とUNCLOSを含む国際法支持。
- ② 連結性:MPACなどによるASEAN連結性協力支援,航空サービス協定締結を含む航空協力,持続的インフラ開発支援,ASEANスマートシティネットワーク協力,文化交流および観光を通じた人と人の交流
- ③ SDGs:食糧の安全保障とサプライチェーン強靭性,人的資源開発(女性や青年のエンパワーメントを含む),エネルギートランジションと持続的で再生可能なエネルギー開発,ASEAN気候変動センター,ASEAN災害管理人道支援センターを通じた気候変動対策,災害管理と教育,開発格差是正
- ④ 経済その他の分野:RCEP・AANZFTAなど地域のFTAの効果的実施による地域経済アーキテクチュアの強化,包摂的で持続的な経済開発,零細中小企業のための能力醸成,包摂的で持続的なデジタル経済,海洋科学などの分野での科学技術イノベーション,水資源・生物多様性・海洋資源の持続的管理,低排出・気候に強靭な経済へのシフト,地雷・爆発性戦争残留物対策とASEAN地域地雷行動センター(ARMAC)支援,越境犯罪,ASEAN主導による共通関心分野でのインド太平洋地域の他の国・地域との共働。
AOIP実施促進が第4ASEAN協和宣言の柱となったことからAOIPの重要性はさらに高まる。第4ASEAN協和宣言は,ポストASEAN共同体2025構想の基盤となる文書であり,ASEAN共同体2045などのASEANの将来構想でもAOIP重視は中心プログラムになる可能性が高い。AOIPの4協力分野は域外からの協力が実施の前提となっており,AOIP協力は今後のASEAN協力の中核になると考えられる。AOIPには,インドの持続性のある海洋観光,豪州のTriangle in ASEAN,ニュージーランドの地雷対策,中国の一帯一路とMPACのシナジー,韓国のデジタル分野の協力など各国の特徴あるプログラムとともに同一のプログラムあるいは類似のプログラムが多い。これらは,効率的実施とシナジー効果のために協力の調整が可能であり,望ましいだろう。インド太平洋構想は,「成長著しいアジアと潜在力あふれたアフリカという2つの大陸と自由で開かれた太平洋とインド洋という2つの海の交わり,これらを一体として捉え,インド太平洋地域をいずれの国にも安定と繁栄をもたらす公共財とする」という壮大な地域協力と開発の構想が原点であり,南アジア,アフリカ,太平洋島嶼国などを対象とする複数国協力,第3国協力などの実施が課題である。
[注]
- (1)日本は,日ASEAN首脳会議「AOIP協力についての日ASEAN共同声明」(2020年),米国は,米ASEAN外相会議「AOIPへの米国の協力」(2021年)と米ASEAN首脳会議「AOIP協力に関するASEAN米国首脳声明」(2023年9月),インドは,「地域の平和と安定,繁栄のためのAOIP協力に関するASEANインド共同声明」(2021年),インドASEAN首脳会議「海洋協力に関するASEANインド共同声明」(2023年),豪州は,「AOIP協力に関する第2回ASEAN豪州サミット共同声明」(2022年),韓国は,「AOIP協力に関する第24回ASEAN韓国首脳共同声明」(2023年),中国は,中ASEAN首脳会議「AOIPに係る互恵協力に関するASEAN中国共同声明」(2023年),ニュージーランドは,ASEANニュージーランド外相会議「AOIP協力に関するASEANニュージーランド共同声明」(2023年)で,AOIP協力を明らかにした。
- (2)石川幸一(2023)「中国がAOIPを支援:第26回ASEAN中国首脳会議」,世界経済評論インパクト3144.石川幸一(2022)「豪州のAOIPへの協力」,世界経済評論インパクト2771,石川幸一(2021)「ASEANのインド太平洋構想(AOIP)への米国の支援」,世界経済評論インパクト2343。
- (3)石川幸一(2023)「韓国のインド太平洋戦略-グローバル中枢国家として自由・平和・繁栄に貢献-」,ITI調査研究シリーズ143。
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