世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3443
世界経済評論IMPACT No.3443

東北に「ヒッグスファクトリー」を誘致する:素粒子予言者他界を機に早期実現を望む

山崎恭平

(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.06.10

 1964年に,物に質量を与える素粒子の存在を予言し,2013年にノーベル物理学賞を受賞した英国エディンバラ大学のピーター・ヒッグス名誉教授が,去る4月8日に94歳で死去した。博士の名を冠した「ヒッグス粒子」は,2012年にスイスに所在するCERN(欧州合同原子核研究所)の円形加速器LHC(大型ハドロゲン衝突型加速器)で実証され,受賞されるに至った。その詳細実験を「ヒッグスファクトリー」として行う「直線型加速器ILC(国際リニアコライダー)建設構想」が,日本の東北地方が適地としてこの10年余来国際協力の下で議論されてきた。しかし,日本政府は2度の有識者会議等で同構想の意義は認めつつも時期早尚として最終決定を先送りしてきた。素粒子予言者の他界を機に改めて「ヒッグスファクトリー」の早期実現が望まれる。

なぜ日本の東北地方が建設適地か

 何故,スイスのジュネーブ郊外,フランスとの国境にあるCERNの大型加速器の後続次世代型ILCの建設適地として日本の東北地方が選ばれたのか。それは,日本が①万物の根源を解きほぐす素粒子物理学で実績を有し,②CERNにおけるヒッグス粒子の実証に対し,超電導機器等の提供や研究員派遣でも協力貢献している。そして,同粒子を今後さらに測定分析する「ヒッグスファクトリー」の設置場所として,③堅牢な石灰岩で形成される岩手・宮城両県の県境沿いの北上高地が,エネルギー効率の良い直線型ILC建設の適地とされたことによる。東北地方は2011年に東日本大震災に見舞われたこともあり,関係者は大震災からの復興と地方再生の期待を託し,ILC誘致に取り組んできた。

 実現すれば日本がホスト国となる初の国際研究所になる大規模プロジェクトとして所管の文部科学省は2度の有識者会議に諮問し,関連国際機関との協議を続けて来た。しかし,ILC建設には8,000億円,維持運営に年400億円程要する見込みで,コロナ禍や国際紛争で国際分担協議が難しい局面もあり,同省は計画の有用性を認めつつも誘致の判断は時期早尚として先延ばししてきた。他方,政府の「統合イノベーション戦略2023」に「高性能加速器開発に資する技術開発を着実に推進する」との方針が示されたのを受けて,今年に入り内閣府との間で「将来の高性能加速器に関する連絡会」を設け,取り組みを強化している。

 CERNの加速器LHCは40年頃まで稼働予定で,その後続器計画は25年にも判断される様子であり,ILC計画は当初計画の25年から30年頃迄に建設着工,39年頃迄の稼働が目標となっている。このため,ILC計画の日本誘致はCERNの後続器計画を見越して遅くとも26年頃までには決断が迫られよう。「ILC建設は日本で,」と期待してきた欧米の関係者の間で日本政府の誘致決定先延ばしに不評が高まっていると伝えられ,これ以上の延期は難しかろう。彼らの多くは,日本政府が誘致の意向を示せば欧米諸国も費用負担を含め計画推進で協働する用意があるとしている。

中国も素粒子の加速器研究に意欲

 多くの分野で国際的に躍進する中国は,素粒子の研究でも意欲を示し,加速器研究所の活動で国際的な進出を図っているようである。CERNへの外国人研究員の派遣と受け入れでは,アジアでは,日本,インド,中国からの研究員が多く,3カ国の熱心さの一端がうかがえよう。研究員は国籍で差別されることなく自由な研究が保障されているが,中国の場合には外国人受け入れでこの原則が守られるかどうか。最近の第3期習近平体制を見ると独裁色が強まり,外国人の人権や自由な活動がしばしば侵害され障害が増しているようだ。中国では,国際的な研究環境や基準が守られるかどうかが何によりも重要であろう。

 このため,欧州,北米に次ぎアジア地域で国際的な素粒子研究の拠点を設けようとすると,自ずと日本への期待が高まる。これまでの実績から日本が適地で,政府や業界,学界でも国際的な科学研究所やグローバル研究機関を誘致する意向を強めてきた。誘致場所は活動分野の要件によるが,「ヒッグスファクトリー」の建設適地として東北地方が選ばれた。東北地方はかつて「白河以北一山百文」と言われ,相対的に開発が後回しにされて来たし,現在でも首都圏や大都市圏に比して国民やマスコミの関心度が低いといわざるを得ない。「東北にILC誘致を」という国家戦略の行方においても,この点が気がかりである。

 この案件が明らかになってから,今年で11年目になる。当初は日本初のグローバル研究所構想に対するマスコミの関心度が高く,その報道振りからも多くの国民が関心を持っていた。しかし,政府の動きが遅くコロナ禍等の優先課題もあって,マスコミや国民の関心は低くなってしまい,ILC誘致はなくなってしまったと思っている国民も少なくない。東北地方では,今でも講演会やセミナーが開催され,子供達への教宣活動も行われているが,全国レベルの活動がほとんどなくなっている。ILC誘致は日本の国家戦略プロジェクトでその決定が間近かに迫っている今,先ずはもっと広範な情報発信をすべきであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3443.html)

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