世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3442
世界経済評論IMPACT No.3442

「グローバル・サウス」の背景に何があるか

平川 均

(名古屋大学 名誉教授・国士舘大学 客員教授)

2024.06.03

 2023年,「グローバル・サウス」への関心が激的に高まった。この年,日本国際経済学会の全国大会でも共通論題でこのテーマが扱われている。グローバル・サウスは非同盟諸国,第三世界,低開発諸国などの呼称と同様に,冷戦構造の中で生まれた造語のひとつであるが,「南」が使われたのは,傾向的に貧しい国が豊かな国の南に位置することに求められている。だが,グローバル・サウスには地理的位置関係だけでなく,その地域の人々が歴史的に欧米先進諸国に侵略,植民地化され,しかも独立後もそれが続いているという世界認識が含まれていた。呼称の「グローバル・サウス」は1969年,左翼のアメリカ人Carl Oglesbyのベトナム戦争に関わる論文に遡るとされ,彼のグローバル・サウス認識はその表現の「the North’s dominance over the global South」の中に象徴的に示されている(Nicola 2020; Patrick & Huggins 2023)。だが,21世紀の現在,何故その呼称がよみがえったのか。

 地球温暖化問題,米中覇権争い,コロナ感染症パンデミック,ロシアによるウクライナ戦争,ネタニヤフ政権によるパレスチナ人への殺人狂的報復を招いているイスラエル・ハマス戦争などが近年,立て続けに起っている。特に後者の2つの戦争は20世紀に構築された世界秩序を公然と破るものである。それらを含んで一連の出来事は直接的にも間接的にも,物理的にも精神的にも,深刻な負の影響を発展途上地域の人々にもたらしている。さらに言えば,発展途上地域の人々は,特にソ連の崩壊以降,傲慢さを増した新自由主義とグローバル化に沿う構造調整に翻弄されてきた。中国の一帯一路はその間隙を突いている面のあることを理解すべきだろう(平川ほか2019)。グローバル・サウスの登場は,そうした世界経済,国際社会が背景にある。この呼称に対しては北側では不快感を持たれることが多く(Rising 2023),広島サミットでも岸田首相の期待にも拘らず共同声明にこの言葉は入れられなかった(日経2023.4.18)。

 覇権争いでは,当事国は人口や国数で多数派の発展途上国を互いの陣営に引き込もうとする。だが,冷戦時代と現在とでは,グローバル・サウスの置かれた状況が違う。冷戦時代と比べて今日,彼らが世界経済に持つ意義は大きい。BRICsが今世紀に入って注目を集めたが,私見では,それにはグローバル企業の市場競争と関係している。資本主義は今,潜在的大市場経済(PoBMEs)を求める時代になっている(平川ほか編2016)。中国に続いてインドへの関心はとみに高まっている。しかも,米中対立によるグローバル・サプライチェーンのデカップリング,中国の一帯一路と米日などのインド太平洋戦略の競合,ウクライナ戦争と対露経済制裁などは,グローバル・サウスの主要国を有利な立ち位置に置いた。

 それにしても,グローバル・サウスとは何なのか。中国を含んで新興発展途上国全般を指すことも,中国を除くこともある。ジョセフ・ナイは,現在BRICSがグローバル・サウスの代表と見られているが,その政治体制は様々でメンバー間での紛争や対立も事欠かない,結局この用語の使用では注意がいると,用語自体に懐疑的である(Nye JR 2023)。だが,新興発展途上国は中国のほかインド,インドネシア,ブラジル,トルコなどのPoBMEs諸国も米中,西側露の対立構造の中で,独自の立ち位置と路線を模索している(平川2023)。

 2023年1月,インドのモディ首相はオンライン・サミット「グローバル・サウスの声」を主催し,125カ国が参加した。それはグローバル・ガバナンスの再編に向けた外交路線の模索だったと言えるだろう。5月に開かれたインド太平洋協力フォーラムでは,パプアニューギニアのマラペ首相がモディ首相をグローバル・サウスの代表として称賛し,彼に発展途上国の声を北側諸国に届けるよう要請している(Ramesh, Paskal 2023)。モディ首相は9月のG20サミットの議長国として発展途上国の声を先進国に届けただけでなく,アフリカ連合をG20の正式メンバーに加えることに成功した。ところが,これまで発展途上国の代表を自認してきた中国の習近平国家主席はその前月の南アフリカでのBRICSサミットでアルゼンチン,エジプト,イラン,エチオピア,サウジアラビア,アラブ首長国連邦(UAE),6カ国の新規加盟を決定しながら,翌月開催のG20サミットには不参加の選択を行った。ウクライナ戦争でのロシア制裁でも消極姿勢をとり,実質的にはロシアとの連携を強めている。歴史的経緯や一帯一路もあってアフリカ諸国の中国評価は高い。それにも拘らず中国の採った選択は,ウクライナ戦争が原因で食糧危機に陥っているアフリカ諸国の期待を裏切るものであった。2023年の一連の中国外交は,対米政策を最優先する中国を象徴的に示すものであった。

 インドは対照的である。同国は,11月には第2回「グローバル・サウスの声」サミットを開催し,参加国は100カ国を超えた。そうして,同月末のCOP28で「先進国が排出した温暖化ガスによって,途上国が苦しんでいる」と国際社会で圧倒的多数を占める発展途上国の立場を代弁した。インドは米日豪のクアッド(Quad)のメンバーでありながら,ウクライナ戦争による対ロシア制裁には加っていない。上海協力機構(SCO)の加盟国である。インドはどちらの陣営にも加わらないのではない。どちらの陣営にも加わりながら,グローバル・サウスの代表を任じて独自の路線を追求しているのである。アメリカや日本から見れば,漁夫の利を得る選択に映る。しかし,巨大な人口と高い成長力を実績に世界経済のミドル・パワーとして無視できない政治経済力を持つに至っているのである。ジョコ大統領のインドネシアも同様の路線を模索しているようにみえる。9月の東アジアサミットの開催国として彼はロシアを排除しなかった。それは「ASEAN中心性」の枠組みをグローバル・ガバナンスの制度に組み込んで大国間の争いを制御し,自国とASEANの国際的威信を高めようという試みだろう。

 グローバル・サウスの国々は,強固な集合体ではない。政治体制,経済力,人口規模などどれも様々で,深刻な課題に直面している。民主化は総じて後退局面にある。しかし,もはや北側の国々は,新自由主義的な政策を単純に押し付けられない。中国の外交でも,一帯一路は質を高めざるを得ない立場に立たされている。威圧による自陣営構築には限界がみえる。米中対立は当事者間で覇権を争うだけでなく,グローバル・サウスの声に沿った政策が求められているのである。国際社会の圧倒的な人々が暮らす地域から発せられる声を,大国は無視できない。グローバル・サウスは,その国際構造を象徴的に示す呼称といえるだろう。

[引用文献]
  • 平川均(2023)「世界経済の新たな構図はどう描けるか」世界経済評論IMPACT, No.2806, 1月9日
  • 平川均・石川幸一ほか編(2016)『新・アジア経済論』文眞堂
  • 平川均・石川幸一ほか編(2019)『一帯一路の政治経済学』文眞堂
  • Nicola, Vincenzo Di (2020) The Global South: An Emergent Epistemology for Social Psychiatry, World Social Psychiatry, Vol.2. No.1, Jan.-Apr.
  • Nye, JR, Joseph S. (2023) What is the Global South? Project Syndicate, November 1
  • Patrick, S., Huggins, A. (2023) The term “Global South” is surging. It should be retired, Commentary, Carnegie Endowment for International Place, August 15
  • Ramesh, A., Paskal, C.(2024) India can unite the Global South with the developed world, PACNET, Pacific Forum, January 3
  • Rising, D. (2023) Everyone’s talking about the Global South. But what is it? AP World News, September 7
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3442.html)

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