世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3440
世界経済評論IMPACT No.3440

ベトナム北部の国境インフラが変貌

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2024.06.03

 去る4月,中越陸路貿易3ルートのうち最大拠点であるランソン県の国境地帯を視察した。以下ではコロナ禍を経て変貌した国境インフラについて報告する。

 まず鉄道について。ベトナム国鉄はその北部の路線網において,国内用メートル軌道の線路の外側に,中国の標準軌道(1435mm)に合わせて3本目のレールを敷いている。これによって中国車両がそのままハノイ北部へ乗り入れられるようになっている。コロナ前はランソン県内のドンダン国境駅とランソン駅(国境から1駅目)を経由し,旅客車両はハノイ郊外のザーラム駅まで,貨物車両は同イェンビエン駅まで越境運行していた。

 ところが,今回視察したドンダン駅とランソン駅はどちらも静まり返っていた。両駅の駅長にヒアリングしたところ,中国・広西チワン族自治区の南寧駅とザーラム駅との間に運行していた国際旅客列車はコロナ禍で休止したまま再開しておらず,貨物列車はチャーター便のみが1日に3~4回,ドンダン駅で貨物を降ろしたあと,中国へ折り返しているとのことだった。

 さて,ドンダン駅は国境玄関とあって駅舎は思ったより立派で,出入国,税関検査窓口,荷物検査場が設置され,免税店もあるが,いずれも閉鎖されていた。そんななか,突然大声が響いたと思ったら,中国人観光客グループが入って来て地元ガイドがスピーカーを使って中国語で説明を始めた。説明の対象は,北朝鮮の金正恩総書記が2019年2月,ハノイでの米朝首脳会談を前に中国経由で鉄道を利用してドンダン駅に降り立ったときのレッドカーペット展示や記念写真だった。金正恩氏がこんな場所でセレブ扱いされているのに驚いた。

 次に国際国境であるヒューギ=友誼関国境について。国境ゲートの手前1km地点と2km地点の間の右手(東側)に,越境する貨物トラック・トレーラーの駐車・待機場とバスや自家用車の駐車場がある。後者の敷地にはXuan Cuongという会社が運営する国境向け電動トラムの発着ビルある。貨物車両関係でない一般渡航者は,国境ゲートとの往来にこのトラム(片道2ドル)を利用しなければならない。独占営業のようだ。

 今回,中国側へ越境はしなかったが,ベトナム側国境ゲートと中立地帯については前回2013年4月の訪問時と比べていくつかの変化が見られた。第1に,ベトナム側の出入国施設が以前の質素な建物から,天井が翼を広げたようなデザインの近代的な建物に変わっていた。2016年にアジア開発銀行の援助で建て替えたものだ。第2に,貨物車両が中国側へ入っていくトンネルの上に「一帯一路」の赤い横断幕が見えた。習近平指導部によるプロパガンダだろう。第3に,ベトナム側に2階建ての新しい免税店が完成したばかりで,これからテナントを入れる段階のようだった。

 次に中越ローカル国境の1つであるコックナム国境について。ヒューギ国境ゲートからドンダン市街へ戻り,国道4号線を北北西方向へ約2kmの地点を右折して北東方向へ進むとコックナム国境ゲートに突き当たる。ここは貨物専用ゲートだったがコロナ禍で使用中止のまま再開しておらずゴースト国境と化している。グーグルアースで確認すると,ここを越えた中国側は「弄杯」という地名で,北東方向に4km進めば友誼関国境ゲートに合流し,そのまま凭祥(ピンシャン)・南寧方面への「南友」高速道路につながっている。中国側の道路インフラが整っているのに対し,ベトナム側のこの地点は地理条件が険しいためか,コロナ禍を機に国境を閉鎖したのだと推測する。

 最後に中越ローカル国境の最大規模のものと思われるタンタイン国境について。コックナム国境ゲートから4号線に引き返し,北へ約10kmの地点の交差点を右折し片側2車線の230A号線を東へ進む。その突き当たりがタンタイン国境だ。この道路は前半の2kmほどはカーブの多い上り坂だが,後半の2kmほどが直線ルートでその左右にタンタインの町が形成されている。

 2013年訪問時は国境ゲートのかなり手前からコンテナトラックが列をなして道路が渋滞していたが,今回は交通量がほとんどなく,驚くほどスムーズに走行できた。どうもおかしいと思ったら,こちらの国境ゲートも使用中止でゴースト国境と化していた。

 ランソン出身の運転手氏によれば,コロナ前のどこかの時点でこの国境ゲートは旅客専用国境となり,貨物専用国境ゲートは別の場所に移ったという。さらにコロナ禍をきっかけにこの国境ゲートは全面使用中止となり,越境旅客はすべてヒューギ国境に回されているようだ。2013年訪問時はベトナム側と中国側の双方からこの国境を視察し,ヒューギ=友誼関国境よりも物流が盛んな印象だったので,ここがゴースト化しているのには驚いた。

 釈然としないまま,運転手氏に「別の」貨物専用国境へ向かってもらった。230A号線をいったん西方向へ2kmほど引き返し,大きな分岐点を右折すると,新しい国境アクセス道路が完成しており,その先に確かに貨物専用の新しいローカル国境ゲートができトレーラーが列をなしている。国境ゲート手前の右手に2カ所,Bao Nguyenという民間企業が運営する巨大な駐車場ができている。交渉の結果,パスポートを預けてを中を見学させてもらえた。東京ドームが数個入りそうな駐車場が整備されており,奥のほうでは拡張工事を行っていた。駐車場入り口から左手に運輸・保険・検疫関連の代行業者のオフィスが並び,さらにその奥にはトラック運転手や貿易関係者向けの飲食店や簡易宿泊施設の雑居ビルが出現していた。

 のちに入手したタンタイン国境整備計画のマスタープランを見ると,上述のゴースト化した国境ゲートと,今回初めて見た国境ゲートが小高い山を回り込むように円状になってつながっている。コロナ禍後の越境物流拡大を見越して新ルートを整備してきたものと推測する。

 以上をまとめると,コロナ禍を経て中越陸路物流は鉄道輸送が停滞する一方,道路輸送は復活しており,とくにローカル国境経由で拡大しそうな勢いがみられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3440.html)

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