世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3436
世界経済評論IMPACT No.3436

米中対立では中立を堅持:ASEAN有識者意識調査2024年

石川幸一

(亜細亜大学 特別研究員・ITI客員 研究員)

2024.06.03

 2024年のASEANの有識者意識調査(注1)で,米中対立下で米国か中国かの選択を迫られた場合,中国を選ぶという回答が5割を超えたというニュースは日本でも大きく報じられた。ASEAN有識者調査は,シンガポールのISEASユスフ・イシャク研究所が2019年から実施しており,国際情勢やASEANの課題などについてのASEANでの見解を伝える重要な調査となっている。

 2023年調査では,「米国を選択」が61.1%,「中国を選択」が38.9%だったが,2024年は中国が50.5%で米国の49.5%を上回った。中国を選択するという回答が多かったのは,マレーシア(75.1%),インドネシア(73.2%),ラオス(70.6%),ブルネイ(70.1%)だった。ただし,米中対立へのASEANの対応については,「2大国からの圧力をかわすために強靭性と一体性を高める」が46.8%,「米中どちらにも与しない対応を続ける」が29.1%となっており,「中立は非現実的でありどちらかを選択する」は8.0%に過ぎないことに留意する必要がある。「中国を選択」という回答の多かった国でもどちらかを選択するという回答は少なく,強靭性と一体性を高めるという回答と中立を維持するという回答を合計するとインドネシアでは86.9%,マレーシアでは84.0%となっている。

イスラム教徒の多い国で低い米国の信頼度

 米国の信頼度(グローバルな平和,安全,繁栄,ガバナンスに貢献するために正しいことをする国として信頼するか)は42.4%で日本についで第2位であるが,2023年の54.2%から低下している。米国の信頼度は,ASEANとの首脳会議を欠席しASEAN軽視と批判されたトランプ政権時代に大きく低下しており,2019年は27.3%だった。バイデン政権になり米国の信頼度は急回復し,2022年は52.8%,2023年は54.8%となった。米国を戦略的パートナーとして信頼するかについては,「信頼する」(ある程度信頼と信頼を合計)が34.9%,「信頼しない」が40.1%となり,2023年の「信頼する」40.1%,「信頼しない」32.0%から逆転した。信頼しないが多いのは,インドネシア(60.7%),ブルネイ(58.5%),マレーシア(52.5%)である。

 これら3国はイスラム教徒が多い国であり,ガザに侵攻したイスラエルを米国が支持・支援していることへの反発と批判が理由となっていると考えられる。これら3国は他のASEAN加盟国に比べ米国への信頼度が低い傾向にあり,2019年ではブルネイが20.0%,インドネシアが21.7%,マレーシアが18.1%だった。米国への信頼度が高まった2023年は,マレーシアで「信頼する」が51.9%と「信頼しない」の38.7%を超えたが,インドネシアでは「信頼する」が33.0%,「信頼しない」が50.4%だった。2024年の調査では米国への信頼度が50%を超えたのはフィリピン74.0%,カンボジア56.6%,ベトナム56.5%の3国のみである。

米中対立で米国を選択するが多いカンボジア

 カンボジアは中国との経済関係を深め,一帯一路プロジェクトを積極的に受け入れており,ラオスと並ぶ親中国国家であるが,米国への信頼度が高い。2024年は,カンボジアでは中国を信頼するという回答は31.8%で信頼しないという回答が48.7%となっている。米中対立で選択を迫られた場合,カンボジアは米国を選択するという回答が55%となっている。また,台湾海峡で紛争が起きた場合の対応については,カンボジアで「台湾への軍事援助」が10.6%とASEAN10か国で2番目に多く,「中国への支持表明」は1.1%とタイ,フィリピンに次ぐ低さとなっている。政権と国民の意識のかい離であり,中国のパブリック・ディプロマシーがうまく行っていない例として注目すべきである。なお,ASEAN全体では,「武力行使に反対し外交手段を利用」が45.1%,「中立の維持」が36.5%,「侵略者への経済制裁」が9.8%となっている。「台湾への軍事援助」は5.7%,「中国支持を表明」は3.0%だった。

[注]
  • (1)Seah, Sharon et al. The State of Southeast Asia 2024 Survey Report. ASEAN Studies Centre, ISEAS-Yusuf Ishak Institute. April 2, 2024.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3436.html)

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