世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3825
世界経済評論IMPACT No.3825

習主席のASEAN3か国訪問の戦略性

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2025.05.12

 中国の習近平国家主席が4月14日から18日までASEANの3か国(ベトナム,マレーシア,カンボジア)を訪問した。米国の相互関税など関税引上げに対する対応を各国が迫られ,自由でルールに基づく通商体制が揺らぐ中での戦略的な意図を持つ訪問である。

高い戦略性

 訪問時期は,トランプの相互関税の上乗せ分の90日間執行停止発表という混乱の直後だった。4月2日に発表された相互関税はカンボジア49%,ラオス48%,ベトナム46%,ミャンマー44%,タイ36%,インドネシア32%などASEANに非常に厳しいものであり,マレーシアは24%で日本と同率であった。相互関税は5日に10%のベースライン関税が実施されたが,それを超える上乗せ分については9日に90日間の停止が発表された。中国に対する相互関税は34%だったが,中国が報復関税を発表したため125%に引き上げられ,2月と3月に発表されていた20%を合わせて中国に対する追加関税は145%と禁止的な高関税となった。習主席の訪問は中国とASEAN各国がトランプ関税への対応に苦慮している時期だった。

 次に訪問先3か国は中国のASEAN戦略にとって極めて重要な国であることが指摘できる。ASEANは2020年に中国の最大の貿易相手国・地域となったが,ベトナムは中国の対ASEAN輸出(2023年)の26.4%,輸入の23.8%を占めるASEANの中で中国の最大の貿易相手国であり,マレーシアは同じく輸出で16.8%,輸入で26.4%を占めるASEAN第2位の貿易相手国である(注1)。香港経由の投資を含め中国の対外投資の実態を示す米国のシンクタンクの統計(2019−23年)によると,ASEANは中国の最大の投資先である。国別にみると金額ではASEANの中でマレーシアは3位,カンボジアは4位,ベトナムは5位となっている(注2)。カンボジアは中国の貿易に占めるシェアは小さいが,プノンペンの外周道路を習近平道路と命名するなど親中国国家である。一帯一路による中国の融資を積極的に受け入れており,輸入,投資受入れ,援助で中国に依存している(注3)。

 訪問の目的は大きく分けて2つある。まず,米国は信頼性に欠け,不安定であり,自国の利益優先であり,要求を通すために圧力や威嚇を使うのに対し,中国は信頼でき,かつ安定し,相互の利益を重視し,ASEAN側に寄り添う経済パートナーであることを強く打ち出している。また,米国を名指ししていないが,WTOルールに一致しない恣意的な関税引上げを含む一方的な貿易制限措置を拒否するとし,WTOを核とするルールに基づく,無差別でオープン,公正,包摂的で公平かつ透明な多角的貿易システムを中国は支持していることを強調している。

 次に,ASEANとの経済関係の強化であり,経済連携の強化と経済協力の拡大を図っている。経済関係の強化では,東アジアの経済連携の強化拡大を進めるとしており,RCEPの高いレベルでの実施,香港のRCEP参加支持,ASEAN中国FTA(ACFTA)3.0議定書の調印と実施,中国のCPTPP参加支持(ベトナムとマレーシア)などが合意されている。

経済協力を拡充

 経済協力では,インフラ整備やサプライチェーンの強化などを中心にベトナムでは40,マレーシアとは31の協力文書に調印し,カンボジアとは37の協力案件を進めるなど多くの分野で多角的な協力を実施するとしている。米国国際開発庁(USAID)が経済協力を大幅縮小しており,様々な分野で影響が出ている。USAIDはASEANと地域開発協力協定を締結しデジタル経済化,零細中小企業,貿易円滑化,知的財産,電力,EV関連インフラ,海洋協力,人材育成など極めて多様な協力を実施していた。米国が経済協力から撤退する中で,中国はASEANへの経済協力を拡充しようとしており,中国の影響の拡大は避けられないだろう。

ベトナム:輸送インフラを中心に多様な協力

 ベトナム(注4)とは,広東香港マカオ大湾区と長江デルタを結び,両廊一圏地域を重慶に拡大する地域開発戦略に基づき,中国の「一帯一路構想」とベトナムの「両廊一圏(Two Corridors and One Belt)」を連結する協力計画を実施し,鉄道,道路,国境インフラの整備を加速する。

 鉄道については,ベトナム中国鉄道協力合同委員会の役割を強化し,ベトナムと中国間の標準軌の鉄道プロジェクトを推進する。中国はラオカイ-ハノイ-ハイフォンの標準軌路線のFSを開始するための技術援助(TA)を行い,建設を早急に開始することに合意した。また,ラオカイ-河口を結ぶ鉄道計画を加速する。道路については,紅河を渡る橋の建設の開始,Thanh Thuyと天宝の国境の道路建設とスマート通関などを加速する。航空輸送ではベトナムは中国の輸送機の運用を開始し,中国の商業航空機製造での協力を強化する。

 AI,クリーンエネルギー,グリーン開発,デジタル経済,越境経済協力モデル,安全で安定したサプライチェーン,金融通貨協力,QRコードを利用した2国間小売り支払い協力などの新たな分野で協力を進める。チリ,パッションフルーツなどのベトナムの農産品の中国への輸出,トンキン湾での漁業協力なども行う。貿易円滑化では認定事業者(AEO)の相互承認とシングルウィンドウ協力を行う。環境,半導体や原子力エネルギ-などの科学技術協力,人的資源開発,技術移転,革新的な企業家精神促進協力,文化と観光協力も進める。

マレーシア:鉄道に加え先端技術分野で協力を拡充

 2013年の包括的戦略パートナーシップ関係を基盤として,「未来を共有するハイレベルな中国マレーシア共同体」を構築する(注5)。デジタル経済,グリーンエコノミー,ブルーエコノミーと観光経済の4分野に焦点をあてた2024年調印の「一帯一路イニシアティブ協力計画」の実施を促進し,経済貿易協力5か年計画(2024−28年)を実施する。ほかに,安全で安定した産業・サプライチェーン協力と製造,知的所有権,デジタル経済,研究とイノベーション,グリーンで持続可能な投資とロジスティクス開発など高付加価値成長産業(HVHG)での相互投資と協力を推進する。先進分野では,量子技術など先端分野での新たな成長拠点の創出による「新質生産力」での協力,スマートシティ協力,統合された産業・サプライチェーン開発の強化,中国企業のマレーシアの5Gネットワークへの参加,安定した半導体サプライチェーンの開発,電子商取引分野での協力などを進める。

 輸送分野では,鉄道設備,航空産業,原子力分野で協力を進め,マレーシアの航空会社による中国の航空機の採用と運用を行う。東海岸鉄道および鉄道と海洋輸送の推進などの協力強化,包括的な航空協力,シームレスな航空シルクロードに向けてのクアラルンプール国際空港と鄭州新鄭国際空港間の航空ロジスティクス協力,汎アジア鉄道実現に向けての鉄道輸送およびインフラ協力を進める。科学技術分野では,科学技術イノベーション協力政府間合同委員会により中国マレーシア合同研究プロジェクトと人的交流を実施し,宇宙協力,ワクチン開発協力を行う。中国ASEAN博覧会などの展示会への積極的参加,農業協力と農産品貿易の拡大,観光協力,人的交流の活発化(ビザ免除協定調印),文化協力と観光協力,教育協力(厦門大学とマラヤ大学の先進分野研究センター,北京大学とマラヤ大学のAIと新素材研究所などの支援)など多様な協力を行う。

カンボジア:貿易投資などに加え人道援助を実施

 「未来を共有する全天候型カンボジア中国運命共同体」を創設し,外務防衛の2+2戦略対話の設置を決定した(注6)。貿易投資の制限は経済安全保障に悪影響を与えることを確認し,WTO中心のルールに基づく貿易体制の支持している。輸送では,カンボジア中国鉄道協力メカニズムによりカンボジア鉄道ネットワーク計画の開発に協力する。経済連携では,カンボジア中国FTAとRCEPの活用を進め,ACFTA3.0議定書の署名を行うとともに香港のRCEP加盟を支持する。貿易円滑化ではシングルウィンドウで協力を行い,カンボジアの農産品と食品の輸出のための検疫議定書の交渉と調印を進める。輸送インフラ・電力・光ケーブル・排水処理・倉庫とロジスティクス設備のある高いレベルの経済貿易協力区を進め,多目的経済特別区としてのシアヌークビル経済特別区開発と中国企業のカンボジア投資を促進する。安全で安定したサプライチェーンの確立を進め,貿易投資における中国とカンボジア通貨の利用を促進し,カンボジアの銀行の人民元クロスボーダー銀行間決済(CIPS)への参加,越境決済におけるQRコードの利用を進める。エネルギー協力,科学技術イノベーション協力に加え,村落道路,水の供給,学校や病院の建設,貧困削減のための開発協力を進める。

均衡戦略の維持は変わらず

 トランプ政権の関税政策や経済協力の停止など米国がASEANに対し非友好的な外交措置を打ち出したことによる混乱とASEAN側の苦慮というタイミングを使い,中国は経済関係の強化と協力を打ち出した。これら3か国は中国とともにルールに基づく自由な貿易体制の重要性を確認し中国との関係の強化を強調しているが,米国を名指しで批判することは避けている。4月10日にオンラインで開催されたASEAN特別外相会議では,ASEANと米国の強固で永続的なパートナーシップを確認し,貿易に関連した問題について率直で建設的な対話を米国と行い,米国の関税に対して報復措置は課さないことを約束している。報復関税を導入した中国とは一線を画しており,米国を名指しで批判することを避けるとともに米中のどちらかの側につくことを避けている。微笑外交ともいえる中国の外交攻勢に対してこれら3か国は米中間でバランスを維持する均衡外交を堅持している(注7)。

[注]
  • (1)中国とASEANの貿易については,助川成也(2025)「ASEAN中国自由貿易地域(ACFTA)をインフラに南進する中国」,宮島良明(2025)「緊密化する中国とASEANの貿易」,ともに石川幸一・大泉啓一郎・亜細亜大学アジア研究所編『ASEAN中国新時代 高まる中国の影響力』文眞堂,所収。
  • (2)牛山隆一(2025)「中国企業の対ASEAN投資の現状 ASEANが最大の投資先に」,石川・大泉・亜細亜大学アジア研究所編前掲書に所収。
  • (3)中国とカンボジアの関係については,鈴木亨尚(2025)「カンボジアに対する中国の影響力-経済的プレゼンスと話語権-」,一帯一路の現状については,藤村学(2025)「「一帯一路」とメコン協力の実態」,ともに石川・大泉・亜細亜大学アジア研究所編前掲書に所収,が詳しい。
  • (4)Joint Statement between The Socialist Republic of Vietnam and The People’s Republic of China on Continuing to Deepen the Comprehensive Strategic Cooperative Partnership and Promoting the Building the Vietnam-China Community with Shared Future with Strategic Significance.
  • (5)Joint Statement Between the People’s Republic of China and Malaysia on Building a High-level Strategic Malaysia-China Community with a Shared Future (17 April 2025, Kuala Lumpur.
  • (6)Joint Statement between The Kingdom of Cambodia and The People’s Republic of China on Building an All-weather Cambodia-China Community with a Shared Future in the New Era and Implementing the Global Development Initiative, the Global Security Initiative and the Global Civilization Initiative.
  • (7)ASEANの均衡外交については,石川幸一(2025)「米中対立下のASEAN-均衡戦略の現状と展望」,石川・大泉・亜細亜大学アジア研究所編前掲書所収,が詳細に論じている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3825.html)

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