世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3433
世界経済評論IMPACT No.3433

少子化は現代社会の疾病か,グローバルな対策が必要

安室憲一

(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)

2024.06.03

1.迫りくる「人口減少」社会

 本来,ホモサピエンスは多産系である。他の類人猿に比べ,次の妊娠までの期間が短い。昔は生涯に10人以上の子を産む母親は珍しくなかった。それが今日では,世界的規模で少子化が進んでいる。子育てに手厚い保護政策を施す北欧諸国やフランスのような国々でも,移民増加で人口が恒常的に増加するアメリカでさえ,合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の数)は,人口置換率2.1(これ以下では総人口が減少する)をはるかに下回る1.3〜1.6程度である。農村社会から一足飛びに工業化をとげ,いまや情報化社会に突入している国々,例えば韓国の合計特殊出産率は世界最低の0.72(2023年),中国は1.16(2021年)であり,少子化が進む日本の1.26(2022年)よりも低い。「少子化」は今やサハラ砂漠以南の発展途上国を除くすべての地域で進行している。今は移民を送り出す国々も,21世紀の中頃には枯渇する。人口増加に苦しんでいたはずの国々(中国は長らく「一人っ子政策」を強制していた)が,突然人口減少の危機に直面するのはなぜなのか。「人口減少」は世界経済の貧困化を意味するのだろうか。

2.子育ては個人ではなく社会の責任

 他の哺乳類の動物と異なり,人間は未熟な状態で生まれる。サピエンスは脳の発達を進化の主題として選択したため赤子は異常に頭が大きい。狭い産道を通過できる頭のサイズの時に出産しなければ母子ともに命が危うくなる。その結果,早産(未熟児)が運命づけられる。他の哺乳動物なら生まれて直ぐに自分の足で歩くが,人間の赤ちゃんは10か月近く寝ている。その間,体よりも頭(脳)を大きく成長させる。人間の赤ん坊はとても手がかかるようにできている。母親の力だけでは育てきれない。手助けに祖父・祖母,兄弟・姉妹,親戚・隣人が必要になる。ホモサピエンスだけが「老後」があり,女性は閉経後(他の動物は閉経後に死亡するので「老後」がない)も活動する。「老後」の存在は,進化生物学的には,育児を助ける(自己の遺伝子を継ぐ子の保護)ためと考えられる(1)。つまり出産は夫婦の問題であっても,育児は社会の責務なのである。これが地方自治体や国家が育児のために尽力し,費用を負担する義務があることの進化生物学的な理由である。

3.農村社会から工業化・情報化社会への変化

 人類が狩猟採取段階の時には人口はそれほど増えなかった。定期的な移動を伴う生活は幼い子供や老人には過酷だった。

 集団から遺棄されれば即,野獣の餌食になる。

 定住が始まり,女性の副業だった農業が主産業になると状況は一変する。育児は母親だけでなく祖父・祖母,兄弟・姉妹のサポートが期待できる。集団で生活することのメリットが人口増加に寄与する。人口は急増するが,家畜を飼育することによって動物の伝染病に感染する率も高くなり,疾病のため幼児死亡率も高くなる。農業によって暮らしは楽になるが,集団生活のため感染症が蔓延することがあり大量死も発生した。また社会階層も形成され,支配―従属(隷属化)の身分差別も生まれた。奴隷を得るための侵略戦争(植民地化)も死亡率を高めた原因である(2)。

 農村社会の生活から工業化社会へと移行する段階で爆発的に人口が増加する。それは科学技術が経済生産に導入され,飛躍的に生産性が高まり豊かになったこと。この結果,幼児期の食事が改善し,さらに医学の進歩により幼児死亡率が著しく低下したことに起因する。農本時代の多産傾向が継続し,工業時代の環境改善の下で爆発的な人口増加(ベビーブーム)をもたらす。しかし工業の時代になれば知識の習得が経済的成功のカギを握る。出世競争に勝つためには,子供の教育に投資する必要がある。子供の数は家庭の経済力の関数になる。

 時間をかけて農本社会から工業社会に発展した欧米先進国では,合計特殊出産率は徐々に低下するが,そのプロセスを一世代(30年)で通過した新興工業国では,急激な出生率の低下が起こる。要するに,「少子化」とは,農業中心の発展途上国が工業化・情報化を経て先進国に発展する,その変革の中で起こる現象である(3)。

4.情報化社会の新しい価値観

 要約すると,19世紀以前は農本主義の時代,20世紀は工業主義の時代,21世紀は情報主義の時代と区分できる。「少子化」の原因は21世紀に始まる「情報化社会」の精神構造にある。工業化の段階は画一的社会であり,人の生態が定型パターン化し,大量生産された。「幸せな人生」「幸せな家庭」がビジョン化され,結婚した夫婦と二人の子供,マイホームや自家用車がセットになって宣伝された。出生率は人口置換水準の2.1を上回っていた。

 ところが21世紀の「情報化社会」では,こうした画一的なパターンはもはや存在しない。家庭は「解体」されている。二人で暮らしていても夫婦とは限らず,同性でさえありうる。定職に就かず,流動するためマイホームも不要と考えている。犬や猫のペットはいるが,子供の姿は見当たらない。こうなった原因は「ダイバーシティー」である。価値や生き方の多様化である。

 「結婚する意思のない」人や「結婚しても子供を持つ気持ちのない」人が増えている。韓国保険社会研究所の2023年の調査によると,結婚していない男女のうち「結婚する考えがある」と答えた人の割合は51.7%に過ぎず(女性は47.2%,男性56.3%)。「子供は産まない(持たない)」と答えたのは既婚者を含めて,女性では51.3%,男性で38.0%であった(4)。

 同様の傾向は日本でも見られる。20歳代の正社員を対象(585人)にしたマイナビの調査(2024年5月)によると,「漠然といつか(子供が)欲しいと思っている」が37.0%に対し,「どちらかというと欲しくない」が15.1%,「どんなことがあっても欲しくない」が10.4%で,これら回答を合わせると25.5%の人が子供を持つことに消極的であった(5)。韓国の方が比率は高いが,やはり日本でも若者世代は「子供を持つこと」に消極的なようである。

 原因として考えられるのは,韓国では女性の高学歴化,キャリア志向の激しい出世競争があり,とても結婚や育児のことなど考える余裕がないこと(6)。また,韓国や中国では,結婚には多額の費用が掛かること。男性側が高額の結納金や新居の購入,マイカー購入など,莫大なコストを負担しなければならない。

結び 若者の意識改革は可能か

 各国により事情は異なるようだが,結婚と出産,育児はますます難しくなりつつある。共通して言えるのは,「結婚して」家庭を持ち,「子供を育てること」に対する責任の重さである。「まだ自分は完璧な親にはなれない」という自責の念が,若者を結婚や出産から遠ざけているようだ。現代社会への適応がそれだけ難しいことの裏返しである。

 国や社会が提供する育児のための補助や施策は結婚して子供のいる夫婦には大いに役立つ。しかし,「結婚しない」「子供はいらない」人々には役立たない。「結婚したくない」人々をどう説得して結婚させるのか。個人の自由(ダイバーシティ)を尊重すると,この説得は難しい。しかし,人口が減少した世界は必ずしも貧しい世界というわけではない。地球環境が有限である限り,一人当たりの環境価値を考えた場合,原理的には「少ない方が豊かである」と言える(7)。できるだけ早い時期に国連が中心となり,合計特殊出産率1.8を目指して国際協力体制を築く必要があるだろう。

[引用参考文献]
  • (1)小林武彦著『なぜヒトだけが老いるのか』講談社現代新書,2023年。
  • (2)スティーブン・ビンカー著,幾島幸子・塩原通緒訳『暴力の人類史(上)(下)』青土社,2015年。
  • (3)ポール・モーランド著,橘明美訳『人口は未来を語る』NHK出版,2024年。
  • (4)本望由香里稿『日本より深刻,韓国の少子化 背後に女性の「爆発的」高学歴化』JIJI.COM 2024年5月2日配信。
  • (5)マイナビ『20代正社員,4分の1が「子供ほしくない」民間調査」』2024年5月20日配信。
  • (6)『日本より深刻,韓国の少子化,背景に女性の「爆発的」高学歴化』JIJI.COM 2024年月2日配信。
  • (7)ジェイソン・ヒッケル著,野中香方子訳『少ない方が豊かである』東洋経済新聞社,2023年。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3433.html)

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