世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3307
世界経済評論IMPACT No.3307

トランプ候補の選挙公約:「労働者を守るため」の10項目

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.02.19

 予備選挙で連勝を続けるトランプ前大統領が7月中旬,ウィスコンシン州ミルウォーキーで開かれる全国党大会で,共和党の大統領候補に選出されることが確実になった。果たして11月5日の投票日にバイデン大統領を圧倒して再度大統領に就任するのか。トランプが当選すれば世界の秩序は大きく揺らぐ。筆者はトランプの再選を許してはならないと思うが,判断を下すのは米国民。今後の8ヵ月間,一層注意深く観察し,今後の対応を考えていかねば,と思っている。

トランプの政策方向を示す10項目

 トランプ陣営が1月31日,10項目の選挙公約を発表した。筆者はジェトロ調査部作成の「ビジネス短信」(2月7日付)でこれを知った(注1)。発表された原文を見ると,「米国の労働者にとってトランプ大統領にまさる友人はいない」という見出しで,こう書かれている。「米国の新たな前例のない繁栄は,小手先の政策変更ではなく,すべて米国の労働者の福利に焦点を当てた全く新しいアプローチで実現された。日常の米国人,労働者と中間層の生活水準を最高にし,彼らが最大の利益を得られるようにすることが我々の決意だ。ドナルド J. トランプ大統領」

 これでは,現在の米国の好況がバイデン大統領ではなく,まるでトランプの成果であるようにみえる。ぼんやり読んでいると,トランプの魔術にかかって騙されそうになる。これがトランプ一流のやり方だ。トランプ政権末期,米国経済はひどい状況だった。実質GDPはマイナス2.2%(2020年),失業率は14.8%(同年4月)に達した。バイデン政権の今は前者がプラス3.3%,後者が3.7%。インフレ率は3.1%に低下した。経済学者のクルーグマンは「バイデンは自分の経済実績をもっと語るべきだ。そうしないのはおかしい」と書いている(”Biden has bragging rights on the economy. He should use them”, by Paul Krugman, The New York Times, Feb. 13, 2024)。クルーグマンの言うとおりだ。

 トランプはどのようにして労働者の守ろうというのか。その手段が公約として挙げられた10項目。順に挙げていこう。①中国に対する最恵国待遇の撤回,中国等に高関税賦課,②米国品購入と米国人雇用による米国の雇用確保,③大統領就任初日に国境を閉鎖し,不法低賃金労働者の流入を阻止,④就任初日にバイデンの電気自動車(EV)マンデート(普及命令)を中止,自動車雇用を奪う規制を全廃,⑤米国エネルギー産業の解放,ガソリン車禁止の撤回,石油採掘の促進,⑥関税計画を,世界貿易システムをリバランスし,米国を劇的に強化する新国家製造業戦略構想の要とする。

 さらに続けて,⑦外国製品に対する関税を引き上げ,勤勉な国民に減税し,米国の雇用と富を守る。関税引き上げは新たな雇用を生み,家計所得を増やし,GDPを拡大し,国内製造業の生産および新たな政府歳入を数千億ドル増やす,⑧トランプ大統領は,バイデンが支持し,6万の工場と450万人の製造業雇用を奪ったNAFTA(北米自由貿易協定)をUSMCA(米墨加協定)に替えて,歴史的成功を築く。USMCAは米国の労働者,農家,製造業者の輸出拡大に歴史的な突破口となった,⑨トランプ大統領は,USMCAの保護規定によって,グローバリストの攻撃から米国の自動車産業労働者を守る,⑩トランプ大統領は,バイデン政権の推計によると自動車産業に2000億ドルのコストを負わせ,平均49,500ドルの新車価格を1000ドル以上引き上げた,正気の沙汰ではない(insane)バイデンのCAFÉ(企業別平均燃費基準)を廃止する。

ライトハイザー前USTR(通商代表)の影

 これら10項目のうち,関税引き上げが①,⑥,⑦の3項目で全体の3分の1を占める。①の中国に対する最恵国待遇(PNTR)の撤回は反中派の強い要求であり,トランプ政権で丸々4年間通商代表を務めたロバート・ライトハイザーも昨年5月,下院公聴会でそう証言した。ロシアに対するPNTRはG7の決議に従って撤回したが,米国単独での対中PNTRの廃止に可能性はあるのか。

 ⑥の関税計画では,関税を引き上げれば貿易不均衡がなくなるはずはない。⑦のように,関税を引き上げれば,雇用も家計所得もGDPも増えるというのは愚論。トランプ(あるいはライトハイザー)の主張は4年前と全く変わっていない。関税は輸出国が払うものだから自国には影響がないとトランプは信じ切っている。共和党の大統領候補としてまだ頑張っているニッキー・ヘイリーは1月29日,CNBCテレビで,「トランプ政権下ではベビーカーから電化製品まであらゆるものが値上がりする。中産階級にそんな余裕はない」と,トランプが主張している一律10%,中国製品に60%の関税を課す計画に反対している(“Kudos to Haley for having the guts to call out Trump’s awful tariff plans”, The Washington Post, Feb. 2, 2024)。

 すでに2020年7月1日に発効し,実施中のUSMCAをなぜ⑧と⑨で取り上げたのか。米墨加3ヵ国で原産地比率を75%にまで引き上げたのだから域内生産に効果が出るのは当然。ライトハイザーはUSMCAが労働者にとってどんなに素晴らしい協定なのかを,昨年9月27日付のForeign Affairs Today (“The New American Way of Trade”)で自慢している。10項目に入れたのは自己宣伝のようだ。

 CAFÉの廃止(⑩),EV普及の中止(④),米国エネルギー産業の解放(⑤)というトランプの公約から推測すれば,バイデン大統領が進めたインフレ削減法(IRA)による地球温暖化対策は,トランプ政権になれば廃棄されるだろう。パリ協定からの再脱退も当然の帰結となる。

 歴代政権では米国の労働者階級,中産階級を最も理解し,「労働者中心の通商政策」を掲げるバイデン政権が,「米国の労働者を守るために」と称して,バイデン政策とは真逆の10項目をトランプ候補から突き付けられる。これが,今年の大統領選挙の象徴的な構図である。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3307.html)

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