世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
バイデン政権が継承している二つのトランプ追加関税
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2024.02.05
国内産業をどう守るか。極言すればバイデン政権は産業政策を駆使し,トランプ前政権は関税政策に依存した。後者は英国とのFTA(自由貿易協定)交渉を始めたが,前者はFTAを求めず,IPEF(インド太平洋経済枠組み)協定ではサプライチェーンの強靭化等の協定締結進めた。しかし,関税政策をとらないバイデン政権は,トランプ前政権が始めた①鉄鋼・アルミ,および②中国製品に対する追加関税の賦課を今も継続している。WTOは,米国の追加関税はWTO協定違反だとし,外国政府も①については米国に報復措置を取っている。しかし,バイデン政権は追加関税を撤回していない。
1964年通商拡大法232条(国防条項)
上記二つの追加関税のうち,①は2018年3月から米国の国家安全保障のためと称して,鉄鋼に25%,アルミに10%の追加関税を課した。根拠としたのは,1964年通商拡大法232条。対象国は当初から変わったが,現在の追加関税の免除国は,鉄鋼が韓国,ブラジル,アルゼンチン,オーストラリアの4ヵ国,アルミはアルゼンチンとオーストラリアの2ヵ国のみ。EUや日本も例外としなかった。同盟国重視のバイデン政権になって,EUには2022年1月から,日本には同年2月から追加関税の賦課を停止し,関税割当に変更した。しかし,すべての国がそうなったわけではない。追加関税が免除されず,米国に対する対抗措置を続けている国も多い。
トランプ前政権が行った232条調査は4年間で8件。最多のレーガン政権(4年間換算で4件)の2倍,232条が制定された1962年からバイデン政権前までの58年間に行われた調査の総件数34件の4分の1を占める。件数の多さだけではない。自動車・同部品のように調査結果を発表せず,日本,EU等と輸入制限協定を締結するよう大統領がUSTRに指示したが,USTRはこの指示を無視するなど,トランプ前政権の232条運用は極めて異常であった。
このため筆者は,232条による追加関税はトランプ前政権がバイデン政権に遺した「負の遺産」だから,バイデン大統領は就任後これを撤回すると期待していた。しかし,労働者中心の貿易政策を掲げるバイデン政権は撤回せず,さらに,あたかもトランプ前大統領の意を受けたかのように「WTOに米国の国家安全保障問題を審議する権限はない」と反撃した(拙著「前政権の負の遺産とバイデン通商政策」『世界経済評論』2022年1・2月号)。
1974年通商法301条(一方的措置)
もう一つの追加関税②は,2017年8月,1974年通商法301条に基づき,中国政府による4つの政策や措置を,不当,不合理,差別的であると認定し,これを是正させるために発動した。中国政府の4つの政策・措置とは,①米企業から中国企業への強制的な技術移転圧力,②米企業に対するライセンス契約時等の特定条項の強制,③中国による組織的な米企業買収,④中国側による米企業の営業秘密の窃取,である。2018年7月,8月,9月および2019年9月の4回に分けて25%~7.5%の追加関税が対中輸入品9,800品目(3,500億ドル相当)に賦課され,現在も続いている。
この追加関税の賦課期間は4年間だが,国内産業界の要望を受けて,USTRは2022年9月の見直しで継続を決定し,医療品など一部の適用除外期間も今年5月末まで延長した。なお,イエレン財務長官は2022年4月,インフレ抑制のため,この対中追加関税の撤廃を提案したが,タイUSTR代表は,中国の不当行為が続いている以上撤廃できないとし,継続された経緯がある。
しかし,昨年12月20日,169の業界団体が加入している自由貿易支持団体(Americans For Free Trade)は,貿易問題を主管する上院財政委員会および下院歳入委員会の正副委員長に書簡を送り,2022年の見直し結果等をUSTRが早急に発表するよう要求するとともに,この301条課税によって,「我々はこの5年間で1980億ドル以上の関税を納めてきたが,中国の不当行為は続いている。納税の効果がなく,米国の消費者に負担を負わせている追加関税は廃止すべきであり,USTRは同盟国と連携するなどより効果的な対策を取るべきだ」と主張した。
これまでUSTRが中国の不当行為の是正にどう対応してきたか,筆者は米国の報道に接したことがなく,上記団体の主張には賛成するところが多い。もしトランプ前大統領が再任されたとき,上記二つの追加関税が継続されていれば,こんなにうれしいことはないだろう。そして,トランプ新大統領は232条,301条の追加関税を他の品目にも拡大するかもしれない。前政権でUSTR代表を務めた関税重視主義者のライトハイザーが再任されれば,そうした可能性はさらに高まるのではなかろうか。
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