世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
感性で商品に付加価値を付ける:イタリア式ビジネスモデルに学べ
(元文京学院大学 客員教授)
2024.01.15
日本が30年間の低成長から脱するには「賃上げと成長の好循環」を実現するしかないというのがコンセンサスになってきている。そのための有力な手法の一つは日本人がもつ世界でもトップクラスの感性を商品に組み入れて付加価値を付けることだと私は考えている。今日本流の「おもてなし」が多くの外国人観光客を呼び寄せているが,この根底には江戸時代から我々の祖先が育ててきたきわめて繊細な感性があると思う。ようやく日本人は感性がビジネスにも通用する大きな付加価値を生み出す源泉であることを自覚し始めたところであると考えている。
ではビジネスの世界で感性を生かし商品に付加価値を付けるにはどうすればよいのか。
ここにそれを実現した格好の事例がある。イタリア人ビジネスマンが彼らの鋭い感性によって日本人が開発した商品に新しい付加価値を見出し,ヨーロッパの超一流の客先(ルイヴィトン,ベンツ,アウディなど)へ高値で売り込み,イタリアNo1の中堅企業と現地で評価されるまでに成長したのである。その会社名はAlcantara社(東レ70%,三井物産30%出資)である。日本のビジネスマンは東レが50年近くかけて築き上げたこの事例から今こそ多くのものを学ぶことができると思う。
東レは1960年代後半ナイロン,ポリエステルで大変な高収益を上げたが後発メーカーが現れ,収益が低下した。そこでそれまでの大量生産・大量販売品〈commodity〉ではなく,特殊な機能を持つ少量生産販売品(specialty goods)の開発に努め,マイクロファイバー(人間の髪の毛の100分の1の細さの繊維)を生み出し,人口皮革として販売した。日本ではあまり売れなかったが,アメリカ市場でかなりヒットした。それでも国内に作った工場の稼働率は50%に達せず赤字であった。この時当時の藤吉次英社長がこのビジネスを軌道に乗せるため奇想天外な案を持ち出したのである。この技術をイタリアに持って行って製造し製品をヨーロッパ市場に売るというのである。いまだほとんど販売実績にない市場で生産するという型破りの案だ。彼はこの案を役員会での多くの反対を押し切って決めてしまった。この時海外事業部の欧米担当課長であった私は部長のお供をして社長のところに伺った。社長は「俺はドイツの駐在員であったとき,ヨーロッパを歩き回り,どこの国がどのような産品を作るのを得意としどこへ売っているのかを見てきた。イタリアはルネッサンス以来の職人芸で靴,カバン,ガラス製品などを今でもヨーロッパの上流階級に売りこんでいる。我々の人口皮革はこのルートに乗せれば必ず売れると俺はにらんでいるんだ。事業のやり方は任す,ただし一つ条件がある。アメリカ式の大量生産大量販売方式に染まった日本人にこの製品のマーケティングに口をださせるな」。
我々はAlcantara社を設立し,イタリア人マーケティングスタッフにこの製品を提示し,今まで我々が日米でとってきた手法を説明した。すると彼らから我々が全く予想もしていなかった反応が返ってきたのだ。
1 いままで日本側がとってきたこの製品がもつ機能性(皺にならない,軽い,洗濯機で洗えるなど)を前面に出してマーケティングする手法は製品の機能性を重視するドイツを中心とするゲルマン系の国々には評価されるでしょう。まずはその地域に狙いを定め衣料用途に販売をしましょう。しかし皆さんは気付いていないようですが,この商品にはもう一つ大変優れた特性がありますね。
2 それはこの製品はどんな色でも出せる,そしてまた脂ぎってないソフトな手触りの大変「美しい」製品だということです。
我々は「美しい」という言葉がビジネスの場に出てきたことにまず驚いた。それは「文化」の領域の言葉であると考えていたからである。
彼らの説明によると,今までは天然皮革を衣料,家具や自動車のシートなどに使ってきたが天然であるがゆえに日光により変色するため,表面に顔料をコーティングしてきたが,そのため我々が望む繊細な色彩が出せなかった。しかしこの素材はどんな色でも出せるではないか。この特性は販売上大変強力な武器になりうる。又動物の皮ではないから脂ぎってなくさわやかなタッチだ。これらの特性は地中海世界の人々に高く評価されることは間違いないと。
彼らのいう「美しい色彩」とか「爽やかなタッチ」というのは理屈ではなく「感性」の世界である。
彼らははまず上記1に沿って70年代の後半から80年代前半にかけてドイツ,北欧諸国において衣料分野で「Alcantara boom」をまきおこした。80年代初頭の調査でドイツで最も知られた高級ブランドとして「Alcantara」が第2位にランクされていると知りイタリア人のマーケティング力のすさまじさを身にしみて知らされた。
80年度後半になり衣料分野がやや下火になると上記2の戦略にのっとりこの素材の特性をアピールして家具分野へ進出し,イタリアのカッシーナなど著名な家具メーカーやルイビトンの旅行鞄などの用途へ使われるようになったのである。
90年代にはいると,自動車のシート分野に狙いを定め数年かかったが,ドイツのベンツ,BMWなど一流メーカーに採用されるようになった。業績は飛躍的に拡大し1999年にはイタリアの有力経済誌はAlcantara社をイタリアNo.1の中堅企業と評価したのである。
ここで皆さんに申し上げたい。日本経済の高度成長期にほとんどの企業がアメリカ流の大量生産販売路線を走っていたとき,小規模生産高付加価値の製品を開発し,その製品のマーケティングに最もふさわしいイタリアという国へ技術移転を敢行し,現地企業No.1となったAlcantara社を育て上げた東レの藤吉次英という社長がいたことを,そして最近の失われた30年間の間に彼がやったような自らリスクをとって「真の革新的な経営」をおこなった経営者がはたして日本にどれほどいただろうか思いをめぐらしてほしい。
私は極細のマイクロファイバーを思いついたのも日本人の感性だと思う。そしてイタリア人に指摘されたことだが「日本人はある面では我々以上に素晴らしい感性を持っている。それを日本人は気がついていないだけだ。戦後浸透した強烈なアメリカ文化のかげに隠れてしまっている」と。私は14年間イタリアに滞在し同じ思いをいだいている。80歳代の半ばになって今思うことは,野性味あふれるアメリカの文化と,我々の中にある感性のあふれる文化を企業の中でいかに融合させ,付加価値を付けるか,それを実現して高い成長を生み出す,それがこれからの経営者の最大の課題の一つだと思う。
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