世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ポピュリズムの源流「大衆の反逆」:ノーラン・オルテガ・ガルブレイス
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)
2023.12.25
欧州議会選挙を来年6月6日~9日に控え欧米諸国ではこのところ「極右」政党の台頭が再び目立つようになった。米国でも11月5日の大統領選挙で,共和党トランプの再選が現実味をもって語られ,世界中のメディアを賑わせている。多くの国で極右・保守政党の台頭や選挙戦での勝利が報じられるが,ひとつは保守対左翼という単純な図式でないこと,またもうひとつはこのような保守の台頭が2010年代にも世界的な現象であったことは記憶に新しい。政治的な対立が今や環境保護派,極右,極左,社会民主主義,社会党,共産主義,中道派,キリスト教系政党,保守派,など政党色と選挙民の支持基盤も従前以上に多様化している。左右の峻別も単純でなくなった。
米国のLibertarian Party創設者デイビッド・ノーラン(David Nolan)は,ポピュリズムを「個人的自由の拡大および経済的自由の拡大のどちらについても慎重で,消極的な立場を採る政治理念である」と定義する。それは権威主義や全体主義と同義であると言える。これに対して個人的自由の拡大および経済的自由の拡大のどちらについても積極的な立場を採るリバタリアニズム(自由至上主義)とは対極の概念である。ノーランは4象限のチャート図式に沿ってポピュリズムをつぎのように定義する。右翼と左翼という伝統的な政治分類とは異なり,経済的自由を表すX軸と個人的自由を表すY軸の図式の4つに分類する。経済的自由と個人的自由の領域を抑制する政治哲学をポピュリズムと呼び,それを権威・専制主義あるいは全体主義であるとした。それとは反対にXY両軸の自由度の大きい思想をリバタリアン自由主義者とした。代表的な経済学者にハイエクがいる。両軸の内,個人的自由のみ擁護するのを左翼のリベラル派としている。社会民主主義派やケインズ主義者もここに来る。逆に経済的自由を擁護するが,個人的自由を警戒するのを右派の保守主義とする。これらの中間の集団を中道主義派と呼ぶ。フランスのマクロン大統領はこのような左右を同時に両立させることを意味する「アン・メーム・タン」(En meme temps)思想を唱えたフランスの哲学者ポール・リキュールの考えを就任以来,標榜してきた。ベルギーの政治学者シャンタル・ムフなどはこれを急進中道主義と名付けている。さらにドイツのオルド社会的市場経済でも秩序ある市場主義である。
自由経済市場主義を盾に構造改革云々と声高に叫ぶときに,このようなリベラリズムの発想は大西洋を挟んで大きく意味合いが異なる。米欧間のリベラルの意味の違いは一見,正反対である。米国型のリベラリズムと言うとき,それは弱者に寛容で,かつ政府の積極的活動を容認することでもある。西欧では社会民主主義的な発想である。しかし,その影響力は1980年代以降の保守主義の復活で著しく低下していた。それは古典的自由主義の範疇に入る考えであって市場経済重視の自由主義と区別すべきとの意見があるのである。このような概念のねじれ現象は欧州と米国の政治経済思想の流れと無縁でない。すなわち,現代経済学の源流であるマーシャル以来のアングロサクソン系のケンブリッジ学派のケインズ経済学には,政府介入を視野に入れたマクロ経済分析に照準をあてるヒックス,クルーグマンなどとは別に,ミクロ市場分析との考えを取り入れたサムエルソンらの新古典派総合との2つの流れが形成された。一方,欧州大陸では古典派経済学のいわゆる限界革命派がオーストリア学派やシカゴ市場学派と繋がって,新自由主義の旗手ハイエクが貨幣の中立性や欧州共通通貨反対を唱えた。こうして米国ではケインズ型政策志向がリベラル,欧州ではリベラルという自由競争重視の市場構造改革路線に冠せられるようになった。
極右的保守主義の政権は,最近でもイタリアのメローニ政権,ベルギー・フランドル州,ドイツのバイエルンとヘッセンの2州,スウェーデンでも反移民の第2党極右スウェーデン民主党などの政権参加,オランダ下院選挙で反移民・反EUのウィルダース党首率いる自由党が第1党に躍進など後を絶たない。このようなポピュリズムの高まりは2010年代とどう違うのか。今やネットやスマホを通して大衆は見えない形で広く連帯するようになり大衆の「反逆」は世界的に加速するようになった。選挙かデモか集会かでしか意思表示できなかったスペインの思想家ホセ・オルテガ(Jose Ortega)の1930年の「大衆の反逆」時代とは比較できないほどの情報の拡散時代の到来である。インターネットやSNSが日々,氾濫するなかで現代人は他者の動向に細心の注意を日々,強いられるようになり,自主的判断をしない浮遊する根無し草のような集団になってしまった。コロナによるリモート・テレワーキングの急激な定着はこの傾向に拍車をかけた。自分の行動に責任を負わず自らの欲望と権利欲を掻き立てられる21世紀の圧倒的な巨大な「大衆」の誕生である。ポピュリスト的な大衆が社会の表舞台に出ることを極右や極左がその受け皿として支持を集めるようになった。このことをスペインのオルテガはいち早く見抜いていた。
レーガンとブッシュの両大統領時代にすでにこのようなガルブレイスも指摘した「満ち足りた選挙多数派」(Satisfied electoral majority)が台頭。グローバル経済社会における「満足の文化」が「怒りと社会不安」と隣り合わせとなっていた。ガルブレイスが不気味な予言した1992年の「ロサンジェルス暴動」は大衆の反乱の嚆矢であった。フランスのトマ・ピケティは富裕層が圧倒的に有利なままでいられることは,「満ち足りた」選挙多数派が違和感を持ちながらも所得格差を受け入れたからである。トリクルダウン仮説,サプライサイド・エコノミー経済論,自己責任論がそれを正当化するために喧伝された。
2023年12月のフランス議会における移民法案が極右「国民運動」の賛成で成立した。2024年6月の欧州議会選挙では極右保守会派連合の欧州保守改革グループ(ECR),反欧州連邦主義保守系会派などの優位に立つことが必至の情勢となってきた。このような既存政党への幻滅感は欧州・米国と同じ支持政党なしが40%にも達する日本も例外でないであろう。
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