世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3208
世界経済評論IMPACT No.3208

2023年APEC首脳会議:宣言文にみる優先課題についての所感

石戸 光

(千葉大学大学院国際学術研究院 副研究院長・バンコク キャンパス長)

2023.12.04

 2023年のAPEC(アジア太平洋経済協力)の首脳会議は,米国が議長でサンフランシスコにて開催された。今年は全会一致を必須とする首脳宣言の取りまとめに関して,ロシアのウクライナ侵攻およびそれを巡るAPECメンバー間の意見対立の可能性から注目されていたが,侵攻問題には触れない形で,2023年11月17日に発出された。APEC首脳宣言「ゴールデンゲート宣言」(サンフランシスコに架かる有名な橋にちなんでいる)では,副題として「すべての人にとって強靭で持続可能な未来の創造」が掲げられ,短いフレーズの中にもアジア太平洋地域の現況を踏まえていることが窺える。首脳宣言では,ロシアに対する非難は盛り込まれず,全会一致が必要な首脳宣言の採択を優先したといえる(ただし議長声明として,米国はロシアのウクライナ侵攻を非難する文書を別途発出している。なおロシアからは今回のAPEC首脳会合には副首相がプーチン大統領の代理として参加した)。

 首脳宣言の副題に着目すると,「すべての人にとって」はAPECが継続的に重視している「包摂性」(inclusivity)を指し,「強靭で」はコロナ禍および地域紛争を受けたサプライチェーンの途絶を懸念しての文言と思われ,「持続可能な」はもちろん字義通り環境問題を指し,これが首脳宣言として採択可能な着目点であることを暗に示している。副題最後の「未来」は言葉の通り,現況の国際情勢に対する懸念を払しょくして未来志向的な姿勢により経済状況を好転させたいというAPECメンバー政府の意図が汲み取れる。

 そして宣言文の冒頭では,副題で強調されている通り,持続可能な経済(環境問題)について記述され,米国が主催する今年のAPECが,昨年タイの議長年に発出された「バイオ・循環型・グリーン経済に関するバンコク目標」に基づいており,環境問題に確実に対処しながら,持続可能で包摂的な経済政策を推進するという意図が明記されている。これは貿易および覇権を巡る米中間の対立の中でも,日本を含めたAPECメンバー間で賛同可能な協力分野と思われる。日本としても,製造業・サービス分野が中心の産業構造ではあるが,農業分野の振興は環境対策にも親和的で,上述のAPECにおける「バイオ・循環型・グリーン経済に関するバンコク目標」の基盤として不可欠である。また都市部への一極集中を抑制する国内政策にも有効と思われ,たとえば循環型経済のモデルプロジェクトや,「里山」(これをそのままアルファベットにしたSatoyamaという表記も,国連の環境関連プロジェクトにおいてはなされる場合がある)における森林を活用したカーボンオフセットの仕組みを具体的なAPECプロジェクトとして提案・実施することは有意義と思われる。筆者も日本政府のAPEC部局の皆さんと協力してAPECの公式プロジェクトを主導した経験があるが,アジア太平洋地域において日本のプレゼンスを示す意味でも,APECのプロジェクト実施は重要と考えている。

 首脳宣言で言及されている他のトピックとしては,運輸,貿易,投資,災害管理,食料安全保障,保健・経済,エネルギー,女性と経済,中小企業及び金融関連が言及されており,APECがこれまで継続的に議論してきた重要事項が並んでいる。また今後のAPEC議長はペルー(2024年),韓国(2025年),ベトナム(2027年)が務めることが決定している。これらの議長エコノミーと協力しながら,上で挙げた環境・農業関連のみならず,首脳宣言で掲げられた上記の個別分野での具体的なAPECプロジェクトを積み上げていくことが,国や地域間での政治的・経済的関係が分断しかねないアジア太平洋地域においてはとりわけ望まれる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3208.html)

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