世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3203
世界経済評論IMPACT No.3203

ラオス中南部にも浸透する中国経済

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2023.11.27

 ラオス経済はコロナ禍初年の2020年のマイナス成長から,その後は緩やかなプラス成長に転じている。その一方で,2023年上半期のインフレ率は38%に達した。内陸国という悪条件のなかで,輸入に頼る燃料や食品(コメ以外)の価格と輸送費の上昇が主な要因である。インフレを悪化させているのが現地通貨キープ(Kip)の急落だ。キープの対米ドルレートは筆者が前回ラオスを訪問した2019年8月の1米ドル=約8000キープから,今回訪問した23年9月は2万キープ超と,対ドル価値が3分の1近くへ下落していた。

 現地通訳氏によれば,キープで給与を受け取る公務員などは生活が苦しく,タイや韓国への出稼ぎで家計を支えようとしている。若年層も,高校卒業後に国内で大学進学してもリーズナブルな収入の勤め先に就職することを期待できないので,高卒のまま海外出稼ぎ先を探す事態になっているという。

 債務問題と通貨安・輸入インフレの悪循環に陥っているようだ。公的債務残高の対GDP比は19年末の69%,20年末の76%,21年末の92%から,22年末には128%へと一気に高まった。その約8割が対外債務であり,うち4割超が対中債務である(2023年5月IMF公表資料)。中国ラオス鉄道をはじめとする中国融資に依存する大型インフラ案件が近年に集中しているため,今後対外債務返済の過半は中国向けとなる見込みだ。ウクライナ戦争という外的ショックが重なり,ラオスの債務危機が早まった感がある。中国側としては,債務免除の前例を作ればモラルハザードのドミノが起こるため,対外債権全体のなかで比較的小さい存在のラオスとはいえ,見返りのない債務救済は行わないはずだ。事前に意図したかどうかは不明だが,事後的に「債務の罠」と解釈されうるような,土地や資源の供出というシナリオが十分ありそうだ。

 以下,23年9月に視察したラオス中南部における中国経済の浸透ぶりを報告する。

 まず,首都ビエンチャン市内に目立つ中国製電気自動車(EV)販売店である。市街中心部に中国資本が12億ドルを投じて建設した複合商業施設「ビエンチャンセンター」の1階入り口には上海汽車,長安汽車,東風汽車などの様々なブランドの中国製EVが20台ほど並んでいた。同施設の手前には常設のBYD(比亜迪)のショールームがあり,「HAN」モデルと「ATTO3」モデルが展示されていた。ラオスの自動車販売台数はコロナ禍を経て2022年は約1万台まで縮小したが,EVの新規登録台数はそのうち14%を占めるという。燃料価格の高騰を機に,「アジアのバッテリー」を標榜するラオスが,国内の送電線網と充電インフラを整備することができれば,近隣のタイやベトナムよりもEV市場拡大に向いている可能性があるかもしれない。

 ビエンチャン市街中心部から東方向約5kmに住宅用途中心のタートルアン経済特区が立地する。上海万峰企業集団がラオス政府から365haのコンセッションを得て開発してきた。特区の中央を走る大通りは「塔銮大道」という中国名がついており,その沿線には完成したばかりの天井の高い大きなショールームがある。4年前と比べて新たにコンドミニアムが2棟ほぼ完成し,その隣にもう1棟建設中だった。人工湖を囲む道路が整備され,生活感はまったくないものの,朝夕のジョギングにはよさそうなコースだ。中国人需要を当て込んでいる。家族向けユニットは100~220㎡と,日本の核家族が暮らす標準サイズと比べて2~3倍の広さだ。対応してくれた営業マンは販売価格相場を教えてくれない。まだ需要が少なく,値崩れを警戒しているのだろう。

 ビエンチャン市街中心部から北東方向に約15kmに製造業入居が先行する多用途のサイセタ経済特区が立地する。1149haの広大な敷地を,雲南省海外投資有限公司が75%,ビエンチャン特別市政府が25%出資する合弁会社が開発・運営する。2012~15年に基礎インフラを整備し,2019年8月視察時点で10社程度が操業していた。今回視察時点で131社が計15億ドルを投資する計画だという報道がある。同特区の主要な入居企業は,日系のHOYAを例外として,中国企業が圧倒的に多い。2019年視察時,中国国営企業による石油精製所が建設中だったが今は完成しており,多数の石油タンクが並んでいた。Best Garment(2021年に進出,本社は江蘇省,従業員約2000人か)が稼働しており,敷地周辺には従業員寮や食堂がある。太陽光パネルなどを生産する中潤光能科技(本社は江蘇省か)が大規模な建屋を建設中だった。ほかに特区内で目立ったのは中国ラオス鉄道の本社ビルだ。

 ラオス中部のタケーク市街から南方向へ約20kmに,中国資本が開発する新しい工業団地がある。通訳氏の情報では,敷地1000ha超に対して2022年前後に開発コンセッションを得たようだ。まだSEZには指定されていない。「亜[金甲]国投資(広州)股份有限公司甘蒙省智慧型循環工業園区」と書いた赤い門構えを見た。広州拠点企業による開発だと思われる。「甘蒙省」はラオス中部カムワン県を指す。敷地内メインストリートの沿線には,中華料理屋,モーテル,散髪屋,カラオケ,スロットマシン屋など,中国人労働者向けのサービス店舗が多数出現している。工業団地の詳細は不明だが,通訳氏の情報では,数千人規模の作業員がこの地帯の地下を掘って鉱物資源を採集しており,敷地の東側にその加工工場があるという。団地敷地内の北西部には,採掘物を堆積したボタ山が連なり,その手前のため池の色がよどんでいる。付近の住民の話では,ここの水を飲んだ牛が死んだという。事前に環境社会影響評価などは行っていないものと推測する。

 ラオス最南端のメコン川周辺の1万ha近くに及ぶ広大な地域が2018年,「シーパンドーン経済特区」に指定されている。香港拠点の企業が99年の開発コンセッションを得ている。特区指定に先立つ2011~14年,中国湖南省企業がメコン川中洲最大のコーン(Kong)島への架橋を整備した。同島内の43kmの周縁道路の整備は別の中国企業が実施した。

 国境手前約4kmの地点を西へ折れると,カンボジアとメコン川が国境を成すドンサホン島の南端にドンサホン・ダムがある。マレーシア企業とラオス国営電力会社の合弁企業で,2019年に完成し,カンボジア北部へ送電している。現地で見た看板からは,ダム建設と送電線敷設を担ったのは中国電建設(Power China)と中国水電(Sinohydro)のグループだと思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3203.html)

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