世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
華為(ファーウェイ)の逆襲:綻ぶアメリカの対中技術封鎖戦略
(多摩大学 客員教授)
2023.09.18
華為は,2020年のトランプ政権による制裁措置により28nmを超える半導体を入手することができなくなった。この結果,世界市場でサムソンに次ぐシェアを誇っていた同社のスマホの売り上げは激減した。半導体が入手できないため,華為のスマホは「なんちゃって5G」であり,売り上げは新興の小米を下回るまで落ち込み,2021年以降,市場シェアランキングでは「その他」扱いとなってしまった。華為の売り上げは2021年には前年比2千億元も減少,利益も600億元を超える落ち込みとなった。
苦境に陥った華為だが,「苦境にあればあるほど鍛えられる」という創業者任正非氏の叱咤激励のもと,半導体やOSの自主開発を加速した。優秀なエンジニアであれば新卒でも100万元を超える年棒を支給し,東莞市に設けられた巨大な研究開発センターで24時間,365日体制での開発が進められた。開発現場オフィスには寝袋がおかれ,社員食堂は丸一日多彩な食事を提供し続けている(ピザもあるそうだ)。華為は1.3万個に上る部品・部材の調達先や,4千におよぶ半導体設計の見直しを行い,国産化を進めたという。政府もこれを支援した。昨年政府が華為に供与した研究開発資金は65.5億元に上る。これは華為の2022年の利益のほぼ20%に相当する。
この間,スマホの売り上げ激減を補ったのが,5G対応の通信中継施設だった。中国の5G対応通信中継施設の数は2021年の143万か所から翌22年には231万か所に急増した。世界シェアの約80%である。苛烈な自助努力に加え,政府系通信キャリアの旺盛な需要と政府による研究開発支援が,華為の逆襲を可能にしたと言える。華為と同時期に米国政府の制裁措置を受けた中興通訊(ZTE)も一時経営難に陥り,「秒殺」されたと話題になったが,この需要増により勢いを盛り返し,今や,株価ではノキアやエリクソンを上回る勢いだ。
駆け込み調達も加速した。昨年8月にバイデン政権が打ち出した半導体法(CHIPS)によって,半導体関連の製造設備の対中輸出が厳しい制限を受けるようになったが,輸出規制措置は各国の事情を踏まえ,一定の猶予期間が設けられている。その間,製造設備機器や関連機器の対中輸出が激増したのである。今年6~7月の中国の半導体製造設備関連の輸入は50億ドルに達した。前年同期に比べるとほぼ倍増である。とくに,半導体露光装置では世界ナンバーワンのASMLが工場を持つオランダからの輸出は倍増した。また日本からの輸出も急増している。シンガポールからの輸出も増えているが,これは迂回輸出だろう。
華為が自主開発した5G対応スマホには戦略的な意味もある。中国が開発した衛星ネットワーク「北斗」と接続できることだ。北斗は今年7月時点で55基運行されており,全世界を対象に位置情報や通信サービスを行っている。イーロン・マスク氏の所有するスペースXも同種のサービスを行っているが低軌道衛星であり,カバーできる範囲が限られているが,高軌道衛星の場合,一基がカバーする範囲はかなり大きい。通信速度は低軌道衛星に比べやや劣るものの日常の通話などで使用する分には支障がないとも言われる。華為の5G対応スマホを北斗システムと連接することにより,通信設備のインフラ整備が遅れた途上国にとっては,より高速で大量のデータをやりとりできる環境が整う。10年目を迎えた一帯一路構想にぴったりと嵌る製品と言える。
バイデン政権の「小さな庭に高い壁」を作るという,先端技術面での中国封じ込め政策は,華為の5G対応スマホ開発や5~7nmの先端半導体の自主開発の成功を前に破綻の様相を見せている。
7月17日,ホワイトハウスで半導体業界の大手企業のCEOを迎えた意見交換会が行われた。政府からはバイデン大統領,ブリンケン国務長官はじめ大統領補佐官の何名かが出席,業界からはインテル,Nvidia,クアルコムのCEOが出席した。会議は非公開で行われたが,業界大手のCEOは半導体法の施行に真向から反対したと伝えられている。中国との取引制限措置は業界にとって不利益になるだけでなく,中国の先端半導体開発やAI開発の抑制には何の効果もないとCEO達は主張したという。インテルの売り上げの25%が中国向けだ。クアルコムは30%(利益では60%とも言われる),Nvidiaは売り上げの20%をそれぞれ中国に依存している。インテルは,中国との取引ができなくなれば,半導体法の下でオハイオ州に建設が計画されている新たな工場の建設は売り上げ減に伴う財務面のマイナスの影響で極めて困難になると訴えたという。
大手半導体メーカーの中国市場への高い依存度,中国側が進める先端技術のスピーディーな産業昇級への応用,これを支える巨額の国家資金投入は,貿易制限措置などでは止められない。技術はそれを求める側に自ずと流れてゆくものかもしれない。日米半導体協定を通じ,日本の半導体産業を抑え込んだアメリカだが,今回はそういうわけにはいかないようだ。
中国政府は,9月12日,アップルの新製品iPhone15を含むアップルのiPhone,iPadを公務員や公共機関の職員が使用することを禁止した。9月初旬,同社が公表した緊急のソフトウエアの更新を受けたものだ。イスラエルのIT企業NSOグループが開発したペガサス・スパイウエアを遠隔操作で仕込むことができるという欠陥が見つかったためである。この措置には,米国政府が公務員による中国のソーシャルメディアTikTokの使用を禁じる措置に対抗するという意味合いもあるようだ。スパイウエアに対する脆弱性は米中双方の製品にもあったわけだ。これにより,アップルの株価は急落し,時価総額で2億ドルが吹き飛んだ。消費者も華為Mate60proの発売を大歓迎しているようで,売れ行きは絶好調のようである。2年以上にわたって華為のスマホの販売は底辺を這いずり,市場シェアランキングでは「その他」に括られていたが,そうした境遇から脱出する目途もついたと言える。
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