世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3108
世界経済評論IMPACT No.3108

企業国際化戦略の方法論

村中 均

(常磐大学 教授)

2023.09.11

 企業の国際化とは,価値創造活動をどこで行うのか,また,どのような活動を自らが行い,何を他企業にまかせるのかという,国境と企業の境界の2つの境界の選択に関わり,特に2000年代以降のそれはメタナショナル戦略と呼ばれ,国境と企業の境界の選択を柔軟かつ動態的に行い,グローバルな価値創造を行うことである。現在は,その存在論から方法論を議論する段階にあり,本稿はメタナショナル戦略を鳥瞰図的に表し,その方法を示すことを目的としている。

 価値創造を考える場合,基本となるのはバリューチェーンである。これは,ある財についての開発,生産(部品,組立て),流通の活動の流れであり,直接取引を行う直接財企業で形成され,基本的な原理は規模の経済である。企業は,一連の活動を最適化し,最終顧客に対する価値の最大化を図り優位性を得る。

 現在では,ある財が売れると他の財も売れるという価値をつけ短期間の急成長につながるネットワーク効果のある補完財企業を加味する必要がある。補完財企業の間の関係のことをレイヤー構造という。レイヤー構造では,ネットワーク全体での価値の最大化により優位性を生み出し,範囲の経済の便益(シナジー効果)が生じる。

 バリューチェーンとレイヤー構造による産業構造のことをビジネス・エコシステムと呼ぶ。以上を前提とすれば,企業の境界の選択とは,自社の領域(レイヤー構造とバリューチェーン)の設定と他企業との連携に関するインターフェース(連結の仕方)の設定のことである。インターフェースは価値を実現するためにシステムとして機能等を統合し,その標準化(明確化)は,システムを構成するサブシステム間の相互接続と互換を可能ならしめる。2000年代以降,情報通信技術(ICT)の発展によってインターフェースの標準化が進展している。

 レイヤー構造でのインターフェースの標準化を利用し,顧客に価値を提供する財(製品・サービス群)の基盤となる企業をプラットフォーム企業と呼ぶ(根来龍之『プラットフォームの教科書』日経BP社,2017年)。レイヤー構造上のプラットフォーム企業をキーストーン企業,そのプラットフォーム上にある補完財に特化しそれを提供する企業をニッチ企業と呼ぶ(Iansiti, M. and Levien, R., The Keystone Advantage: What the New Dynamics of Business Ecosystems Mean for Strategy, Innovation, and Sustainability, Harvard Business School Press, 2004)。

 またバリューチェーン上のプラットフォーム企業も存在する。バリューチェーンでのインターフェースの標準化によって,バリューチェーン上の活動の分散が促進されることになる(本稿では議論単純化のため,プラットフォーム企業という場合は,前述のレイヤー構造上のプラットフォーム企業を意味するものとする)。

 レイヤー構造であれバリューチェーンであれ,企業の境界はインターフェースがどのような状態であるのか,あるいはどうするのかに影響される。例えばインターフェースが標準化されていなければ,自社の領域は大きくなる。インターフェースを標準化した場合には,どこをクローズ(自社の囲い込み)にするのか,オープン(開放)にするのかの設定も企業の境界に影響する。オープンな領域は誰もがアクセス可能のため,そのレイヤーまたはバリューチェーン上の活動は付加価値が低下する。またインターフェースの標準化は,バリューチェーンやレイヤーの国境の選択すなわち国と国の間の距離とそれから生じる差異性と共通性を考慮し国内か海外かの設定の際に,海外領域の拡大に影響する。2000年代以降,バリューチェーン上では,インターフェースの標準化と生産活動のオープン化が進展し,生産活動の付加価値が低下し,相対的に上流の開発活動と下流の流通活動の付加価値が顕著に高くなり(このことをスマイルカーブ化と呼ぶ),賃金の安い新興国企業に生産活動が移転され,新興国の経済発展につながった。

 以上のことからグローバルなビジネス・エコシステムを構築するメタナショナル戦略は,①バリューチェーンと②レイヤー構造(これらの企業内か企業外か),そして③国境(それらの国内か海外か)すなわち地理的距離の3つの軸から捉えられる。

 最後に含意を述べてみよう。バリューチェーンは依然として重要であり,スマイルカーブ化によって,戦略的なポジショニングを築く基盤として開発や流通といった活動が肝要となる。新興国の賃金上昇や生産活動のオートメーション化が進展しており(政治・経済安全保障を考慮した上で),生産活動をマーケットの近接地に置く動きが今後増加していくと予想される。また,レイヤー構造では,相互作用性に重きを置き,ネットワーク効果による優位性を獲得しなくてはならない。したがって,グローバルなビジネス・エコシステムという文脈において,プラットフォーム企業(キーストーン企業)としては,提供する財の価値を高め,補完財を引きつけることが重要であり,世界大での優れたバリューチェーンとレイヤー構造の2つを成立させる必要があり(例:AppleのiPhoneとApp Store),ニッチ企業であれば,ネットワーク効果に伴う急激な国際化が求められるといえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3108.html)

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