世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3074
世界経済評論IMPACT No.3074

就職氷河期の中国

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.08.21

 8月15日,中国国家統計局は16~24歳の失業率の公表を停止した。「統計は継続的に改善する必要があり,労働力調査統計もさらに改善および最適化する必要がある。近年,中国の都市や町の若者の大学生数は拡大している。学生の本文は勉学であり,卒業前に仕事を探している学生を労働力調査統計に含めるべきかどうかについてはさらなる研究が必要である。関連する統計手法とシステムを更に改善した後,こうした統計は適時に公表する」との説明がなされた。当該年齢層の6月の失業率は21.3%で,この統計が公表されるようになって以来最も高いレベルとなっている。

 中国の大学は9月入学,卒業は7月である。就職活動は卒業の年の3月頃から開始される(その前年は数か月企業でインターンとして研修を受けるケースが少なくない)。求職者はこの頃から登録を始めるので,その数は卒業後の7月頃まで上昇し,新学期が始まる頃から低下するというのが通常のパターンだ。求職者は失業者とみなされるので,左記のパターンに従えば当該年齢層の失業率は3月以降上昇し,7~8月にピークを迎える。国家統計局はこの時期の失業率の公表をためらったのかもしれない。景気の先行きに対する不安が広がる中,党・政府は悲観論を抑え込むのに躍起になっているようにも見える。

 16~24歳の失業率は2019年まで,通年で10%程度,7~8月のピーク時で14%程度と比較的落ち着いていたが,コロナ禍以降,年々上昇している。また,これを学歴別にみると,高学歴になるほど高くなる。2020年の数値だが,小卒の失業率は4.2%,中卒8.1%,高卒8.2%,専門学校11.3%,大卒以上16.4%だった。大卒者の失業率は高卒の倍の水準である。足元で見た新卒の失業率は40%前後という高いレベルに達していると推測できる。昨年末の新卒者のCIER指数(労働需給指数)は0.6という5年ぶりの低水準にあることからも左記の状況が伺える。

 大卒者の就職環境が悪化している理由は4つあると思う。まず,コロナ禍,なかでも2021年7月から導入された厳格なゼロコロナ政策に伴う経済活動の縮減である。次に,2020年以降政府が実施してきた巨大テック企業や不動産開発業に対する規制強化だ。これに伴い,2022年以降,ゲーム開発,Eコマース,インターネット業界は採用数を30~40%も減らしている。2022年で見ると,大卒者の17%がテック関連企業に就職した。テック関連に次いで新卒を吸収してきたのが不動産関連であり,同じく新卒採用の8.4%のシェアを持っていたが,いずれもそれぞれ前年の21%,15%から大幅にシェアを落としている。新卒採用の3割を占めていたこれら業界の採用縮減の影響は大きい。第三に,大卒者が急速に増加している。2000年の大卒者数は100万人に過ぎなかったが,2021年には900万人,今年は1,158万人となった。20年で約10倍の増加だ。とくにコロナ禍期間中の大卒者の増加は300万人近い。中国の大学進学率(含む短大)は,2022年に57.8%に達し,日本の60.5%に迫っている。最後に,企業の競争環境が厳しさを増すなか,多くが採用数を絞り込むと同時に即戦力を求めるようになっている。就職の前年に志望する企業でインターンとして働くのは当たり前になっている。インターンとして採用されるのも狭き門になりつつあり,そのための予備校も生まれているほどだ。

 中国の大学数は3,072校に上る(2023年8月時点)。そのうち一流と言われる985工程校(1998年5月4日,党・政府が教育振興のために指定した重点大学)は39校,211工程校(21世紀に向けた更なる教育水準向上のために指定された重点大学)は115校に過ぎない。これら二つの工程校に指定された大学が「双一流」校であり,精華大学,北京大学など名だたる大学が名を連ねる。しかし,これら一流大学でも就職は難しい。中国の大学トップ5に入る上海交通大学の場合,卒業生3,314人中,修士課程や留学に進む学生が2,235人,残り1,079人が就職を希望していたが,就職できたのは703人に留まったという。非正規雇用となったのが253人,卒業即失業に陥っているのは11%の123人である。進学を選択した学生の少なくない数が現状では就職困難と判断し専門能力アップの道に進んだと思われる。超一流校でもこうした状態だから,地方の新設大学の状況は更に厳しい。この足元を見たような求人も出ているようだ。福建省の農業系大学では,月収2,800元,カラオケ服務員という求職が舞い込み,「いくらなんでも,あんまりだ」と学生の怒りを買ったという。

 大学進学を目指す学生は,小学校あるいは幼稚園の時期から厳しい競争にさらされる。親も必死である。「末は幹部か経営者」という既成の夢に向かって「内巻(不条理な内部競争)」に明け暮れる生活が続く。しかし,大学進学率が5割を超え,大卒者数が年間1千万人を超えた現在,その価値が低下し,夢がはるかに遠のくのはやむを得ない。

 一方,中国の世代別学歴格差は大きい。中国の4年制大学卒業者数は累計7,500万人である。勤労者の10%にも満たない。年齢が高くなるほど教育レベルは低くなる。経営者や経営管理層となる40代の人々の約70%,50代の人々の80%が中卒である。経営層に限れば教育レベルはこれらよりも高いはずだが,圧倒的多数を占める中小零細企業の多くが人材不足に悩んでいることは間違いないと思う。その意味,現下の就職難は彼らにとって経営の質を向上させる上での大きなチャンスと言えるかもしれない。「2022秋季招聘校園白皮書」によれば,今年の採用についてアンケート調査を行った7,539社のうち,従業員5千人以上の企業の30%が採用数を減らすと回答している。しかし,従業員100人以下の中小・零細企業の場合,60%が採用数増加を計画しているという。

 新卒者にとって就職環境が好転する兆しは見えない。しかし,中長期的に見れば青年世代の高学歴化の進展は2つのメリットを中国にもたらすのではないか。一つは,大手から中小企業,あるいは都市部から三・四線都市,さらには農村部への人材の浸透を通じ,これらの質が底上げされることであり,もう一つは,一流大学に見られる修士・博士課程への進学率の上昇を通じた,人材の質の一層の向上である。就活最中の当事者にとっては能天気なコメントに聞こえるかもしれないが,視野を広く持って,逆境にめげず奮起してもらいたいと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3074.html)

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