世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2935
世界経済評論IMPACT No.2935

サウジアラビアにおける女性向けスポーツ・フィットネス産業の今

川合麻由美

(Phoenix LLC 上級コンサルタント)

2023.05.01

 サウジアラビアで女子の体育教育に大きな変化が見られたのは,元教育大臣Ahmed Al-Issa氏が女子校での体育プログラムの開始を決定した2017年からである。他方,同国の包括的成長戦略である「ビジョン 2030」においても,女性を含めた社会におけるスポーツ参加率を高めることを目標の1に掲げている。女性のスポーツ施設自体が僅少であったサウジアラビアでは,最近も「ビジョン2030」における「Quality of Lifeプログラム」に則り,教育省が女子校の体育館数を560に増やすイニシアチブを開始するとしたばかりだ(現在は170程度)。このイニシアチブは,全ての女子校に体育館を設置することや,体育教師の育成を目的としている。

 女性の行動や自由が制限されていたサウジアラビアでは,女性がエクササイズできるような場所や機会も非常に限られていた。以前,女性のエクササイズ等のフィットネスは,宗教保守派には懸念事項として捉えられており,上級学者評議会のメンバーが2011年にデジタル新聞「Sabq」に「スポーツを行うことは女性の尊厳が損なわれる可能性がある」との考えを掲載したこともあった。また,2014年に立法府であるシューラ諮問評議会が女子公立校へのスポーツの導入を支持した際には,宗教警察がその提案に反対してデモを行ったこともある。

 もちろん女性のフィットネスの需要がなかったわけではない。男性用のジムは以前からFitnesstime,GoldGym等の大手チェーン,独立系も含め,価格帯も幅広くあったが,大手が積極的に女性専用ジムに乗り出したのは女性専用のフィットネスを目的としたジムのライセンスの許可が下りるようになった2017年からである。2010年には北米チェーンのCurvesが女性専用ジムをオープンしたが,女性専用大型ジムの先駆けの一つははSara Al Saud王女が2012年に設立した「NuYu」というジムである。現在国内8か所に展開しているが,2015年の時点では3か所だったにもかかわらず,およそ4000人がメンバーシップを持っていたことからも,いかに女性専用のジムに対する需要が高かったかがわかる。

 2017年以前は,女性専用のジムは法律的にもグレーゾーンであり,「NuYu」もフィットネスセンターとしてではなく,Women’s Centerとしてライセンスを取得して運営していた。また当時はスパやサロンとしてライセンスを取得し運営せざるをえなかった女性専用ジムもあり,このようなジムは宗教保守派や政府当局から閉鎖を言い渡されることもあった。しかし,2017年以前から潜在的な需要が非常に高かったことから,宗教的に禁止すべきという意向や法律的にグレーゾーンにならざるを得ない状況の中でも,マーケティングの仕方に気を付けながら女性専用ジムは存在していた。

 女性専用ジムは数も少ないことから,ベーシックプランの最低額でも約500SAR(約18000円)/月程度するところがほとんどであった。このような大手の半額以下でメンバーシップをオファーし風穴をあけたのはイギリス系のチェーンの「Puregym」である。女性専用のジムで1か月150SAR(約5300円)でという価格は大型ジムの中では画期的であった。

 サウジアラビアでは男女共用のジムはコンパウンドやホテルのジムに限られており,通常ジムは男性用と女性用に分けられている。男性用の大型チェーンのジムは多くが道路に面したガラス張りになっていることが多い一方で,女性専用のジムは中が一切見えないようになっており,ガラスの場合でも曇りガラス等が使用されている。女性専用のジム内では自撮りをする人を時々見かけることはあるが,基本的には写真撮影が禁止されていることが多い。これは男性,女性ともにジムでは共通である。またジムの中には礼拝場所があることが多く,礼拝の時間にはジム内でかかっている音楽は停止される。

 「Puregym」の場合,エントランスはQRコード管理となっており,フィットネスクラスの予約もすべてオンラインになっている。これにより,ジムのキャパシティが200人とかなり大型であっても,表に出ているスタッフの数は清掃人等をのぞくと,常時3人程度しかいない。このように管理として進んでいる側面がある一方で,女性のフィットネス産業そのものがまだまだ発展途上であるとも言え,ジムが提供するクラスの質やトレーナーそのものの育成が追い付いていないという現実がある。しかしながら,こういった問題の改善が目覚ましいのもサウジアラビアの特徴でもある。

 「ビジョン 2030」の一環として,2019年に建設が発表された首都リヤドの「スポーツブルーバード」は,乗馬,スケートボーディング,サイクリング等50種目以上の異なるスポーツの複合施設になる予定である。ここでは女性もこれらのスポーツにアクセスすることができるようになる。フィットネスやスポーツに女性が容易にアクセスできるようになっていく今後,サウジアラビアの女性が様々なスポーツ分野で国際的に活躍する日もそう遠くないのかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2935.html)

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