世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2859
世界経済評論IMPACT No.2859

次世代革新炉建設と資源エネルギー庁

橘川武郎

(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)

2023.02.20

 2011年の東京電力・福島第一原子力発電所事故直後の海江田万里経産相主宰の「エネルギー政策賢人会議」(なんという愚称!)から,今日の西村康稔経産相主宰の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会まで,国のエネルギー基本計画を決める重要審議会に筆者は,一貫して参加してきた。その間,第4・5・6次のエネルギー基本計画,15年策定のエネルギー需給長期見通しに対して4度にわたり反対票を投じながら,委員を続けることになったのには理由がある。確かに,いわゆる「ガス抜き委員」としての役目も割り当てられたのだろう。しかし,それ以上に,筆者が,圧倒的多数を占める原発推進派委員よりも早い時期から,より具体的な形で,原発のリプレースの必要性を主張してきたことが関係していると考える。

 この12年間,審議会の事務局をつとめる資源エネルギー庁(エネ庁)の担当官の方々とは,いろいろ意見が違うこともあったが,原発リプレースを実現するという点では,苦楽をともにしてきたつもりである。福島事故後の早い時期から,将来のエネルギーのあり方全体を視野に入れてエネ庁は,原発リプレースを実現しようと尽力してきた。しかし,その努力は,選挙への影響を気にする首相官邸の圧力によって,ことごとく水泡に帰することになった。

 その閉塞状況を打破するかのように,22年8月,突然チャンスが訪れた。GX実行会議後の記者会見で岸田文雄政権が,原子力政策遅滞の解消に向け,(1)次世代革新炉の開発・建設,(2)運転期間の延長を含む既設原発の最大限活用の2点について,年末までに政治決断を下すと表明したのである。このうち(1)は,原発リプレースと重なる内容であった。

 ところが,結局,昨年末までに政治決断されたのは,(2)の既設炉の運転期間延長だけであった。福島事故後,原子力規制委員会の審査や裁判所の決定などによって稼働を休止していた期間を運転期間に参入しないことになり,最長で約70年間の原子炉運転が可能になったのである。

 対照的に(1)の次世代革新炉の建設については,具体的な政治決断はなされなかった。建設が行われる場合,立地地点が美浜ないし敦賀になることは関係者の間では周知の事柄であるが,美浜の「み」の字も,敦賀の「つ」の字も,語られることはなかったのである。

 電気事業者から見れば,次世代革新炉の建設は1兆円オーダーのコストがかかる。一方,既設炉の運転延長は,二桁小さい費用で済む。しかも,やがては,延長繰入れ可能期間が福島事故以前の時期にまで遡及され,約80年間に及ぶ原子炉運転が可能になるだろう。このように既設炉の運転延長ができるのであれば,電気事業者がわざわざ高いコストをかけて,次世代革新炉を建設するはずはない。昨年末の岸田政権による運転期間延長方針の決定は,皮肉なことに,革新炉建設を遠のかせる逆機能を発揮するのである。

 エネ庁は今,本気で革新炉建設による原発リプレースを進めようとしている。そのためのさまざまな制度設計にも取り組んでいる。しかし,首相官邸と電気事業者は,原発リプレースを事実上回避し,既設炉の運転延長でお茶を濁そうとしている。エネ庁は,ハシゴを外されつつある。これまで漂流を続けてきた日本の原子力政策は,そこから脱却することなく,さらなる深淵にはまろうとしている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2859.html)

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