世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2814
世界経済評論IMPACT No.2814

現代国際経営戦略論の課題 その後

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所 客員研究員・元帝京大学 教授)

2023.01.16

 「多国籍企業の業務活動の世界的な分散こそグローリゼーションのもっとも重要な現象である」とノーベル経済学受賞学者P.クルーグマンは指摘した。確かにグローバル価値連鎖の分散されたネットワークが世界産業地図を塗り替えてきた。国際経営論は一段と重層的になり,隣接する諸科学の概念や考え方を動員するようになった。大学の講義内容に最近のトレンドを重ね合わせてみた。

 まず第1に「不確実性」という概念を導入して経済学同様,戦略を考え直す時期に来ている。コンテンジェンシー学派が戦略モデルの与件として考えてきた市場,産業,経済空間などの因子により競争優位のモデルが大きく揺らいだ。エネルギーと穀物という企業経営活動の上流部門における物流の亀裂,プラットフォーマ―とも呼ばれる巨大企業群GAFAMの独占的市場支配,BOPと呼ばれる低所得途上国の世界市場経済システムへの統合,あらゆる産業で進行する製品・サービスのコモディティ化現象などこれまでの経営戦略モデルでは納得の行く説明はできなくなってしまった。砂浜を彷徨する蟻や蟹を観察し,それを企業内部の人間行動の非合理的で不均衡な限界を情報システムで補完しようとしたH.サイモンや,創発的な戦略構築を重視したミンツバーグ,知識の限界と複雑な問題対処に経済モデルの深化を訴えた2013年のノーベル経済学受賞のシカゴ大学教授L.ハンセンなどは重要な示唆を与える。

 第2の傾向は,グローバル化が進行する過程で企業活動の内部化と同時にまた外部化の動きが一層明らかになってきたが,それと同時に2つの現象に注目したい。世界の寡占的支配の市場における個別企業戦略の形態と同時に,市場と企業の中間領域における企業間ネットワークを競合企業,顧客,サプライヤーとの間に制度的な戦略的提携アライアンスをいかに構築するかが問われる。

 これは企業内部の序列的ヒエラルキーに対抗する市場における契約関係という制度的な関係から,こうした企業と企業との関係の態様を解釈していこうとする立場である。これをグローバル市場の中では折衷理論としてニュージャージー大学名誉教授J.ダニングが比較,競争,立地の3優位として解明した。

 第3はグローバリゼーションの企業経営に及ぼした最も大きな影響として企業活動の世界的な分散がある。いかに分散して,どう再統合し,総合調整していくか。競争優位とそれを止揚したハイパー競争の覇権争いの帰趨は,企業の価値連鎖を上流部門から下流部門までどのようにして世界レベルで最適な配置をしていけるかにかかっている。マサチューセッツ工科大学教授S.バーガーは企業に画一的な答えはないとしたが,デューク大学教授G.ジェレフィーがリード企業の存在を産業の特性に応じてモデル化しているように,中間財貿易の流れが世界貿易の重要なトレンドになっている。世界的レベルのグローバル価値連鎖(GVC)のあり方は日米欧の多国籍企業間で世界戦略の相違となって現れているのである。ドイツ企業はその垂直的価値連鎖の配置が東西両独の合併という政治的な歴史を享受しながら最も成功した事例として注目されたが,ウクライナ戦争によってその「欺瞞性」が歴史的に反証されてしまった。

 第4に企業経営というのはモデルとしてグローバル・スタンダードのように普遍的な論理に基づいて貫徹しうるものであるのか。あるいはA.チャンドラーがかつて格言のように唱えた「戦略が経営組織のあり方を変える」けれども,それでもその戦略の態様は国によって違うのか違わないのか。国ごとに執行と監査の体制が一様でないコーポレート・ガバナンス(企業統治)という企業経営のあり方を取り上げると,それは制度学派アプローチによってその背景が浮かび上がってくる。すわち,労使関係,教育制度,金融システムという主要な経済社会の制度間の補完作用によって形成されてきたものである。異文化経営論の立場からすると人間関係,時間,空間の概念が違うことによって無視しえない影響が顕在化するのである。ここでは社会人類学的な要素を解釈することから企業経営の組織や戦略への影響が論証されるのである。異文化経営論を本格的に経営戦略論のなかに導入することによって,新興国企業の目覚ましい躍進をどう評価するかということが今後の課題となるであろう。

 第5は現在起こりつつある新たな産業革命では,グローバルな価値連鎖における中間形態としての巨大な請負企業が新興国をむしろ震源地として誕生しつつある。コロラド大学准教授ベアは,これをポスト・フォーディズムの世界的なGVCの産業開発におけるガバナンスの問題として捉えようとしている,欧州ではローカルな利害を価値連鎖の流れのプロセスとして参画するものと位置づけようする傾向がある。米国ではGVCの高度化によって緻密でハイブリッドなグローバル・ファクトリーが形成されつつある。バックレイによればここではブランド,デザイン,マーケティングなどの無形資産が大脳のように機能していくエンファリゼーション現象化が現出しているという。バーチャル組織や価値連鎖の非物質化という中で,製造業の復権をかざしてものを作る人々こそが新たな本格的なデジタル時代の主役になりつつあるとする。

 第6として多国籍企業戦略の動きはそのまま国際戦略経営論の系譜にも鏡に写るかのように反映していることである。時間と空間に続く第3の概念によって止揚されなければならないというエピローグに辿りつく。多くのグループ間の相互行動を円滑化することよってネットワーク効果を現出するプラットフォーム企業群はその前触れであろう。

 21世紀に入ってすでにその4分の1の時間が過ぎようとしている。脱グローバル化と効率に代わるレジリアンスが志向される現代経営戦略の行方はまだ実像が見えてこない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2814.html)

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