世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2806
世界経済評論IMPACT No.2806

世界経済の新たな構図はどう描けるか

平川 均

(国士舘大学 客員教授)

2023.01.09

 20世紀末から加速化した経済のグローバル化が,大きな壁にぶつかっている。ヨーロッパではイギリスがEUから脱退し,ウクライナ戦争は今も続く。米国では,トランプ前大統領が文字通り粗野な統治と外交を展開し,中国との間で貿易戦争も始めた(注1)。アジアでは,台頭の著しい中国が世界の中国となって米中対立の先鋭化が顕著である。新型コロナ感染症危機は,そうした動きに拍車をかけた(注2)。東西冷戦構造の終焉によって世界に繁栄の時代が訪れるとの1990年代の期待は,見事に裏切られた。グローバル化は世界に格差を広げ,第2次世界大戦後の国際秩序への挑戦が至るところに見られるようになった。

 2022年2月,中国の習近平国家主席は北京オリンピックの開会式にロシアのプーチン大統領を招待している。プーチンはドーピング問題でオリンピックへの参加が拒否された国家の指導者である。その彼はオリンピックが終わると,パラリンピックの開催をものともせず,ウクライナ侵攻に乗り出した。20世紀の世界秩序創りに関わった大国の指導者たちが,その制度と理念を嘲笑うかの如く破壊している。

 2001年,ゴールドマンサックスのジム・オニールが次世代を担う国としてブラジル,ロシア,インド,中国の4カ国を選び,その頭文字を並べて造語BRICsを作ると,BRICsは時代を象徴する用語として,世界に受け容れられた。2009年には上記4カ国の首脳会議が中国の主導で始まり,2011年には南アメリカが加わって5カ国によるBRICs首脳会議となった。だがその後,ロシアはクリミア併合で西側諸国の経済制裁をうけ,ブラジルも成長の停滞によって,BRICsの関心はもっぱら中国とインドに絞られるようになった。BRICs首脳会議は現在も続くものの,BRICsは既に死語になった感がある。

 BRICsが受け容れられたのには,資本が国境を越えて新たな成長空間を先進国の外部に求めたという現実がある。グローバル化の中で,労働の供給と市場の成長可能性の,生産と消費の2つの要素が,とりわけ人口規模を介して結び付けられたのである。だが,そうした新興経済は4カ国に限られない。筆者はそうした特徴を持つ経済を潜在的大市場経済(PoBMEs)と名付けた(注3)が,その地域に世界の資本が引き寄せられるからであった。

 それにしても,こうした新興経済群が世界経済の展望で役割を果たすことはないのだろうか。中国の台頭と米中覇権争いに集約されていく,あるいは民主主義と権威主義の2つの陣営の対抗関係に集約されていくだけなのだろうか。

 振り返れば,20世紀には第2次大戦後の新興独立諸国が国際舞台で政治力を発揮した時代があった。南北問題の時代である。21世紀のBRICsに象徴される新興経済が同様に,新たな潜在力の下に世界経済を動かす可能性はなくなったのだろうか。確かにBRICsの多くは影響力を失っている。20世紀の世界秩序を創ったロシアの国家的信用は,ウクライナ戦争で地に堕ちた。中国も「大国」外交の性格を強め,台湾問題はもちろん「戦狼」外交,対ロシア政策,さらには「一帯一路」参加国の債務問題などで,経済力がそのまま信頼の強化には結びついていないように見える。中国離れの国も目立つ。多くの新興国・発展途上国は,新型コロナワクチン外交で先進国が採った自国優先主義への不信感が強いが,中国への警戒感も強い。

 インドはどうか。インドは,アメリカが主導するQuadに日本,オーストラリアとともに加わり,自由で開かれたインド太平洋(FOIP)を支持する。バイデン大統領が主導したインド太平洋経済枠組み(IPEF)にも参加する。それらは,バイデン米大統領による中国対抗政策の色合いが強い。米国はトランプ前大統領がTPPを離脱し,自ら成長するアジアへの足場を外したが,そのために採られたアジア政策といっていい。ところが,インドは既に中国が主導する上海協力機構(SCO)のメンバーであり,またアジアインフラ投資銀行(AIIB)のメンバーとして主要な融資受入れ国でもある。一帯一路(BRI)へは参加せず,ウクライナ戦争では西側諸国のようにロシア経済制裁にも組せず,しかし,ロシアへは批判的立場を堅持する。インドの対応は,2つの陣営内で経済的利益を最大限に獲得する機会主義的政策にも見える。だが,両陣営への参加の下での独自の対応は対立の緩衝機能を果たす点で,大きな力を発揮する。

 NATO加盟国のトルコもよく似た外交を展開しているように見える。トルコは独自のロシア政策を持つ。北欧のフィンランドとスウェーデンがロシアのウクライナ侵攻でNATOへの加盟に動くと,それに乗じて自国の主張をNATOに迫る。NATO諸国もロシアもトルコへの配慮を欠かせない。

 昨年11月のG20会議では,議長国のインドネシアがインドと同様にロシアを排除せず,西側諸国の間に入って意見調整で努力を重ねた。G20メンバー国間での調整は実らず,プーチンの参加も共同声明も出せなかったが,インドネシアは国際社会で影響力を高めたようにみえる。同国は,G20構成国の理性的な声を汲み上げた。

 インドに顕著に見られ,トルコ,インドネシアなどにも見られるこの種の対応は,発展途上国が20世紀に採った非同盟中立政策とは異なる。その背景には,それらの国が成長の潜在力をもって国際社会のなかで経済・政治力を強め,自由度を広げた現実があるだろう。PoBMEsの主要国は,米中の対立が決定的軸になるにしても,両陣営に足場を置く中間勢力としてその存在感を強めている。先鋭化する大国間の対立で緩衝機能を果たし,同時にそうした関係の中で経済力を増していく可能性がある。世界では,地球温暖化やイデオロギー対立が深刻化する。PoBMEsは確たる勢力とは言えないが,また内政で危うさを隠せないが,中間勢力として世界的な平和と繁栄の基本的理念と秩序の擁護で,また気候変動などの対応で影響力を高める可能性がある。そうした国の持つ意義と役割に注目したい。

[注]
  • (1)平川均(2021)「トランプ米大統領とCOVID-19は世界経済をどう変えるか」『国際経済』第72巻
  • (2)平川均(2022)「COVID-19パンデミックと世界経済の構造転換―米中対立とアジアに注目して―」『経済学研究』(愛知学院大学)第9巻第1号。平川均(2022)「COVID-19パンデミックと新興・発展途上経済」『国際経済』第73巻。
  • (3)Hirakawa, H. and Than Than Aung (2011) Globalization and the Emerging Economies: East Asia’s Structural Shift from the NIES to Potentially Bigger Market Economies (PoBMEs), Evolutionary and Institutional Economics Review, Vol.8, No.1
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2806.html)

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