世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2792
世界経済評論IMPACT No.2792

反響呼ぶバングラデシュでのガス漏洩の可視化:「ガスの国」を変える日本チームの活躍

橘川武郎

(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)

2022.12.19

 2022年の8月,JICA(国際協力機構)が取り組む「バングラデシュ国ガスネットワークシステムデジタル化及びガスセクター運営効率向上プロジェクトへのアドバザリー業務」に携わる機会があった。バングラデシュは,文字通りの「ガスの国」だ。豊富な国内産天然ガスがエネルギー供給,電力供給の大宗を占め,CNG(圧縮天然ガス)車が広く普及するなど,ガス基盤のインフラが国を支えている。

 ところがそのバングラデシュでは,近年,肝心の国内産天然ガスの生産が急速に減衰しつつある。一方で,人口増加や経済成長にともない,エネルギー需要,電力需要の伸びは著しい。基幹エネルギーの需給逼迫というたいへんな「国難」が生じているわけで,ガスシステムの運営の効率化や,LNG(液化天然ガス)・LPG(液化石油ガス)・石炭・原子力・再生可能エネルギーなどの活用によるエネルギー源の多様化は,喫緊の国家的課題となっている。JICAは,エネルギー源多様化を見据える統合マスタープランの作成にも協力しており,バングラデシュの国難克服に深く関与している。

 首都ダッカに到着後,まず,バングラデシュ政府の電力・エネルギー・鉱物資源省の事務次官を表敬訪問し,同国のエネルギーに関する統合マスタープランについて意見交換を行った。その後,車で2時間ほどの距離にあるゴラシャル・ガス火力発電所を見学した。パキスタンからの独立後3年経った1974年にソ連が建設した1号機から最近運転を開始したコンバインドサイクルの7号機までがそろう(古い発電機はすでに運転停止),同国のガス火力の歴史を示す博物館のような発電所だった。

 続いて,バングラデシュ最南端の都市コックスバザールに飛び,そこから経験したことがない悪路を含む陸路で,南部の都市チッタゴンに向かった。途中,視察したのは,モヘシカリのガス・メータリング・ステーション,マタバリの石炭火力発電所建設現場,同地のLNG受入基地建設予定地,アノワラのガス・シティ・ゲート・ステーションであった。

 チッタゴンから空路でいったんダッカに戻ったあと,今度は北部の都市シレットへ飛んだ。そこでは,ホリプールガス田およびカイラシュテラガス田のガス・コンデンセート分離・精製施設(後者はシリカを使ったモレキュラ・シール・ターボ・エクスパンダ―方式),ウトラーパルにある1950年代のガス爆発によってできた池などを見学し,SGFL(シレット・ガス・フィールズ社)の幹部と意見交換した。

 最後は,シレットから空路でダッカに戻り,ダッカからシンガポール経由で帰国した。

 今回のバングラデシュでの調査は,ガスシステムの効率化に焦点を合わせたものだった。JICAのもとに日本工営と大阪ガスがタッグを組み,現地のベテランや若手技術者も加えて,機敏で有能なチームが形成されている。

 ガス関連施設に着くと,チームメンバーが,高性能の5台のハンディ型ガス検知器と,天然ガスの主成分であるメタンガスの漏洩状況をカラー付き動画でタブレット上に可視化することができる赤外線式メタン可視化カメラを使って,ガスの漏洩個所,漏洩規模を調べる。当該ガス会社のトップの了解はすでにとってあるが,当然のことながら,現場の責任者は初め警戒して渋い表情を浮かべる。しかし,漏洩画像を目にすると途端に姿勢が変わり,多くの部下を呼び寄せて,チームメンバーとともに漏洩個所をすべてチェックするよう,指示を出す。現場によっては責任者自らが,炎天下にもかかわらず,漏洩チェックに参加するところもあった。

 チームメンバーには,2人の若いバングラデシュ人技術者がいる。1人が漏洩画像の撮影・録画に携わり,もう1人が不正確であることが多いガス施設の配管フロー図を修正する作業を進める。修正された配管フロー図に漏洩個所を×印で記入するとともに,実際の機器の問題がある箇所に赤いテープを巻き付けて,後日の現場での改善を要請する。コロナ下で日本人メンバーがバングラデシュに渡航できなかった期間もオンラインで教育を受けたこの2人の技術者は,全国の現場を回って,一連の作業を続けてきた。訪れたガス施設は,画像撮影については110サイト,配管フロー図修正については117サイトに達するという。

 現場で漏洩チェックや配管図修正を行うのが同じバングラデシュ人であるから,ガス会社の従業員たちも,彼らの話に耳を傾け,見様見真似で作業に参加する。日本の技術がバングラデシュの地で,砂にしみこむ水のように吸収,移転されていく感動的な場面を目撃することができた。

 ガス漏洩の規模は,想像よりはるかに大きい。それを止めることは,保安上有意義なだけではない。脱炭素化にも資するのだ。メタンは,二酸化炭素の約20倍の温暖化効果を有すると言われる。その漏洩を「ガスの国」でストップすることは,きわめて有効な気候変動対策となる。漏洩は,ガス関連施設だけでなく,ウトラーパルの池のように,バングラデシュ全土で起きている。漏洩停止は,バングラデシュが直面するガス不足という国難を緩和することにも,役に立つ。日本の技術が,バングラデシュの若い技術者をも巻き込みながら,「ガスの国」の国難を克服する突破口を開こうとしている。

 このJICA・日本工営・大阪ガスが取り組む共同プロジェクトは,バングラデシュのエネルギーに関する統合マスタープランの策定にも,大きな意味をもつ。それがどのようなものになるにせよ,すでに存在するガスインフラを徹底的に活用することが「一丁目一番地」になることは間違いなく,それを効率化・高度化しようというのが,この共同プロジェクトにほかならないからである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2792.html)

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