世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2672
世界経済評論IMPACT No.2672

日本学者の被論文引用頻度の激減の本当らしい理由:非母語英語使用者,国際共同研究,女子学生解放

猪口 孝

(東京大学 名誉教授・桜美林大学 特別招聘教授)

2022.09.12

 日本の学者は被論文引用頻度がこの20年位激減したことがよく取り上げられている。私も英語で論文を書くことのメリットを多く認めているので,筆をとって私の経験の一端を述べ,私が考える激減の本当の理由を指摘したい。

 科学者は真理を求めて多大な辛苦を乗り越えて一歩でも前に進もうとする。大学に進学したのは1962年。高度成長時代が始まる時である。同級生のほとんどは政府か企業に進んだが,私はどちらにも向かないと思い,学者志望でずっときた。一つの悩みは論文を日本語で書くか,英語で書くかだった。大学紛争で3年間も空白の年月の後,運良く米国留学の機会を掴んだ。博士号を取得し,英語もものにすることが目標だった。

 第一,非母語の英語使用者として,英語で専門的学術論文を書きつづけるかどうか。帰国後,博士論文から決別して,別な分野で立て続けに一流学術雑誌に論文を発表した。しかし,日本社会でその路線がサステイナブルかどうか,不確かであった。案の定,多くの誘いがあって,日本語では毎年学術書を刊行しつづけた。英語で一本論文,一冊本を書く速度は日本語で一本論文,一冊本を書く速度の1/5か1/3だったと思う。英語の論文は掲載される前にいろいろとレビューされて,結果として時間がかかっても良い論文になる率が高いと思う。真理に向かっていくという感じが得られる。批判されたり,反駁したり,相互作用がいい方向に向かいやすい。論文というと,一流学術雑誌に掲載された自分の論文を他人が引用する頻度は重要だし,同様に他人の論文を自分が引用する頻度も重要だ。しかも自分の得意分野が狭く,深くではなく,広く,深くを示すことも重要だ。他人もそれに対応して自分の得意分野で被論文引用頻度が増えるのが重要だ。そうでないと,夜郎自大の横行になる。蛸壺社会の卑しい特徴だ。これでは学問は真理に近づかない。ここらへんの理解が低いと非母語の英語使用者は辛苦だけが増す。私の学者生活の黄昏時代には英語で学術書に専念することを決意した。

 第二,研究は一人でやるものだと長く思っていた。しかし日本人学者とだけ集まって行う研究は更なる方向に進める刺激と動機を高める度合は少ないと思う。日本人だと同じ様な発想や実行になりやすいからである。外国人共同研究といっても,自分自身が共同研究を引っ張る勇気と元気があることが重要だ。外国人の発想や表現はすくなからぬ気づきの機会を与えてくれるし,共同研究の構築のよい勉強になる。共同研究で自分が引っ張るだけの資金調達といっても,自分の被論文引用頻度が高くないとはじめから話にならない。資金があっても中身がない,実績がないと冗談になる。とりわけ非母語の英語使用者の常として,論文が一流学術雑誌に掲載される率が母語使用者よりも他の条件が同じだとすると,大抵かなり低い。そもそも学会や会議やセミナーに参加発表討論の頻度が少ない。学術雑誌に投稿も掲載も頻繁にし,論文のレビューもできるだけ頻繁に受けることも大事である。ある有名な出版社の方によると,有名な学術雑誌とか学術書シリーズの編集長になるのはGoogle Scholarのh-indexが35以上でないと難しい。私はぎりぎりだが,非母語英語使用者でも,出版社の地球市場拡大要求が強いので,チャンスは必ずある。学会や会議に頻繁に参加する体力が衰えても学術雑誌や学術書シリーズを引っ張っていくことはできるからだ。これらはすべて非母語英語使用者のためのアドバイスであるが,一番重要なのは21世紀の地球上の非母語英語使用者が50%を越えたことだ。非母語英語使用者は多数者なのだ,団結せよと言いたい。

 第三,女性の学者人口の着実な拡大である。日本社会における女性学者人口はOECD先進国のなかでも少ない。しかし,日本社会は欧米社会にくらべても江戸時代から識字率は非常に高く,女性についてもしかりである。そうでなければ明治時代に樋口一葉が出てくるはずはない。非母語英語使用者としての国際連合の日本人職員における女性の率は9割を超える。大学,大学院と教えたり,研究したりする女性人口は新千年期には確実に増加している。しかも,日本社会の女性差別の中でこの勢いである。私は新潟県出身であるが,古くから新潟で言われていたことのひとつは「新潟では杉の子と男の子は育たない」である。江戸時代に越後平野は大きな新開拓地であり,大地主土地所有がほかよりも強く,長男でも東京に賭けるしかなかった。実際,新潟県立高校の東京同窓会で観察したことは,男性は高度経済成長の短い光と長い影を正面から経験した複雑な表情が目立ったが,女性は一割もいない少数派でありながら,全員元気であった。同窓の南場智子前経団連副理事長や関口明子前日本国際日本語普及協会理事長がその証拠である。しかも新潟県立高校の今年の新入生の6割は女性だと聞く。もう男性に頼っていられなくなったのではないか。

 最近の大学教授の非論文引用頻度の激減について,研究資金不足だとか研究時間枯渇だとか,議論は納得できるが間接要因である。私はもっと直接的に関連している本当の理由は,1)非母語の英語使用の勇気の欠如,2)外国人を引っ張っていく共同研究の欠如,3)日本人の半数を超える女性学者の差別による参加の少なさをあげたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2672.html)

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