世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2648
世界経済評論IMPACT No.2648

公的債務の持続性とEU財政ルール

瀬藤澄彦

(ITI 客員研究員・帝京大学 元教授)

2022.08.22

 緊急経済対策の発動が相次ぎ,各国とも公共支出がここ数年,拡大膨張を続けてきた。その結果,財政収支は当初の見込みとは反対に急速に赤字に転じ,公的債務問題が再び表面化している。本稿では,第1にフランス,ドイツ,イタリアの公的債務,第2に民間資金の資金需要が抑制されるクラウディング・アウト効果,第3に財政収支悪化に伴うプライマリー・バランスの行方と「ドーマーの条件」,第4に公的債務そのものに対する政策当局やエコノミストの見方の変化,これら4つの点から今後の課題と展望を簡単に見て行く。

 第1にフランスのマクロン政権第1期5年間の財政赤字は2017年の3%から2022年は1.4%へ低下すると期待されていた。しかし現実には20年は8.9%の赤字,21年は6.5%(1609億ユーロ)と巨額の赤字が記録された。GDP比公的債務比率は「2019年までGDPの約96%,2020年より低下し2022年は約92%まで下がる」とされたが,マクロンの第1期5カ年に公的債務が約6000億ユーロ程増えて,21年末には2兆8130億ユーロにも達し,対GDP比で112.9%にも膨れ上がった。これは「いかなる対価を払っても」(Quoi qu’il en couûte)と仏語で命名された緊急経済対策の財政支出,国家歳入を減少させた経済成長の鈍化,昨今のエネルギー価格上昇に伴う世帯向け緊急助成などの大型の財政措置が重なった結果である。幸運にもこれまでは金利が歴史的な低水準で,OFCE(フランス経済分析センター)も「高水準公的債務にもかかわらず起債コストは実に40年来もっとも低いものであった」と分析している。

 これまで財政黒字だったドイツは緊縮4カ国派,いわゆる“frugal four”(オランダ,オーストリア,デンマーク,スウェーデン)とともにその主導国であったが,ドイツ連邦政府はついにコロナ危機を受けて一気に財政拡張型に転じた。オルド社会市場経済とされてきた緊縮財政に転換点が訪れたのか,あるいは現在の未曽有の困難に対処する「一時的な」方向転換なのか,慎重に判断したい。17年以降のGDPの落ち込みはユーロ圏のなかでも一過性でないことが次第に明らかになってきた。その財政収支も20年以降,1500億ユーロ近く,GDP比3~4%の赤字,国債利払い費除外したプライマリー・バランスも同様の傾向にある。厳格な債務の上限規制復活どころか棚上げする方向である。イタリアの対GDP公的債務比率は22年1月のピークから減少にあったが,3月には152%と上昇。ドラギ首相退陣でスプレッドの拡大が再び懸念されるようになった。

 第2にパリ政治学院トマ・グレジュビヌ(Thomas Grjebine)教授は,クラウンディング・アウト効果の悪影響を指摘している。クラウンディング・アウト効果は大量の国債発行によって市中の金利が上昇,結果的に民間の資金調達が圧迫されるもの。金利上昇は投資に否定的なマイナス効果を与えて長期的な経済成長にも悪い影響をもたらし,とくに将来世代の貧しさにもつながるとしている。新古典派のエコノミストの間ではハーバード大学経済学部長だったアルベルト・アレジア(Alberto Alesia)教授は「創造的緊縮政策」を提唱して,財政緊縮こそ民間投資を刺激させることができるとし,公的債務は長期的にどうしても民間投資と競合するものであると警告を発している。このような懸念は欧州のジャック・ドロール研究所の3人の有力エコノミストが「危機の財政負担をどう分ち合うか」(Sharing the fiscal bureden of the crisis)と題する報告書で表明している。

 第3の公的債務水準の持続可能性は,幸運にもこれまでは金利が歴史的に低水準で真相が隠されてきた。OFCE(フランス経済研究センター)も「高水準公的債務にもかかわらず起債コストは実に40年来もっとも低いものであった」と述べている。しかし最近のインフレと金利上昇がこれまでの公的債務の環境を根本的に変えつつある。金利の上昇が明確になってきた段階で起債環境は異なってくる。すなわち,マクロンは選挙公約でGDPの約6.5%相当の1600億ユーロに達した公的赤字を2027年までに3%まで引き下げるとしていたが,経済成長の減速による政府収入の縮小のなかでいかなる政策を講じることが可能だろうか。財政の持続性を保つために債務比率を一定の範囲内に収める必要がある。このためには税収が前提であるので名目成長率が長期金利を上回ることが求められる。さらに公的債務の利払い分にはプライマリー・バランス(基礎的財政収支)は均衡以上に若干の黒字が必要である。そこで長期金利をできるだけ低く抑え名目成長率を高めに維持することが必須となる。ECB(欧州中銀)の7月21日11年振りに0.5%もの高い利上げはこの点懸念材料である。そしてコロナ危機とウクライナ紛争に続く記録的な熱波と深刻さの増す水不足などの気候変動緊急対策も考慮すると債務の拡大はさらに必至であろう。フランスの10年物長期債レートは22年6月で2.11%,イタリアは3.63%と上昇傾向にある。

 第4に筆者がパリ滞在中に行った当地のエコノミストとの議論においても公的債務問題の捉え方が次第に変わってきたように感じた。総じて新古典派のエコにミストは第1のところで紹介したように財政緊縮論に傾き,古典派のひとは公的債務に財政黒字によって清算すべきものとする。リカードはかつてひとびとは将来の増税を見越して現在の消費を少なくして将来世代の負担は中立になるとした。しかしケインズの経済政策の登場以来,公共投資を前向きに評価し,予算赤字を肯定的に評価するようにもなった。公共財政の負荷と経済成長は必ずしも二律背反するものでないとの見解である。EU当局やユーロ加盟国の政策担当者は,凍結中の財政ルールが23年に再復帰することはないとしながら,ルールの改正内容の議論の深まりとともに意見の収斂と収拾を急いでいるようにも見える。

[参考文献]
  • Comment gérer des dettes publiques élevés ? Thomas Grjebine, CEPII, 2021
  • The future of Europe, Reform or Decline, Alberto Alesina, MIT Press, 2006
  • Sharing the fiscal bureden of the crisis, A Pandemic Solidarity Instrument for the EU, Sebastian Grund, Lucas Guttenberg, Christian Odendahi, Hertie school, Jacques Delorss Centrem 2020
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2648.html)

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