世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2640
世界経済評論IMPACT No.2640

待ったなしの日本経済の再生:その秘策はいかに

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2022.08.22

 日本経済の低迷がいわれて久しい。かつて一人あたり国民所得で3位の地位を誇った勇姿は今はなく,27位にまで後退している。コロナウイルスの襲来は経済活動と国民生活に大打撃を与えたが,さらに最近の円安の追い打ちは日本経済への信頼を大いに失墜させることにもなった。割高な外国製品や原材料の輸入はそれでなくても脆弱な国民経済とその生活基盤を一層締め付けることになった。今こそ万難を廃して日本経済の再生に真剣に取り組む時期である。

 しかしながら,日本経済の再生は単純にはいかない。世界は一枚岩で結ばれていないからであり,なおかつ日本が長い間「刎頸の友」としてきたアメリの屋台骨が揺らいできているからでもある。グローバル化の後退は西側世界と旧社会主義世界との間の分断を強め,さらにはロシアのウクライナ侵攻は後者の間にも亀裂を深めている。一方西側世界においてもアメリカの主導権の後退は「覇権なき」混沌とした世界に漂流する事態を出来させた。そして世界のあちこちで軍事衝突が頻発し,またいたずらな対立を煽る軍事的緊張も強まっている。それを乗り越えるために,強権的な政府の登場が多く目論まれている。だがそれでは国内での対立や分裂,さらには世界的な不安定をかえって強めることになるし,肝心の経済回復も遠のいていく。そうではなく,この事態を経済回復を基本に据えた,国民的な合意に基づく,平和的で調和的な,そして多様で独自の国作りを進める絶好のチャンスが日本に訪れたと見るべきである。そこでそのことを進めていくための基本的な「フィロソフィー」(哲学・叡智)について考えてみよう。

 第一に国作りの基本は技術革新にあり,それを担う有為の人材の育成こそが肝要である。画期的な発明や斬新な技術革新は決して予定調和的に生まれるものではなく,無数の試みの中から偶然的要素にも恵まれて,突発的に生まれることがほとんどである。そのための財政的,制度的、人的基盤を整え,一方で有効な競争を奨励しつつ,他方で確実な成果が生まれるまで辛抱強く,かつ温かく見守る寛容さを合わせ持つことが大事になる。そして有為な人材の共働的で前向きな積極的営為の積み重ねこそが成功へと導く王道だと大悟すべきである。このことは,かつて後発国であった日本が先達であった西欧先進諸国に学びながら,それを超えて独自に開発してきたこれまでの道を彷彿とさせるが,今はそれにとどまるものではない。学ぶべきは先進国ばかりでなく,新興国や途上国までを含むグローバルな世界からである。そしてむしろ他国から学ぶよりも遙かに大きく,日本独自のものからの創造的進化に期待すべきである。そのためには,人間の叡智に期待をかけ,これまでの蓄積に自信を持ち,自らの足下をしっかりと見据えて,新たな萌芽を見つけ出し,確実な成果へと導き,そして収穫していくことが今こそ望まれる。

 第二にそのためにはそれを先導する国や企業や各種機関の主体的・能動的な役割をさらに強化すべきである。彼らのイニシアティブとリーダーシップの発揮こそが決定的に重要になる。そのためには一方でここぞと思われるところへの重点的な投資を進めつつも,他方では全体のレベルアップのための裾野作りにも留意する「複眼的」な視点が不可欠になる。とりわけ,後者の広範な裾野があってこそ,その頂点に突出した画期的成果が生まれるものである。これは歴史的教訓でもある。そのためのリーダーシップの発揮が今強く求められている。長期的視野を持ちつつも,迅速に事態の変化にも即応できる柔軟さを合わせもっていかねばならない。それはリーダーが具備しなければならない資質であり,かつまた果断な決断と行動への勇気の基礎ともなろう。

 第三にその目的は国民の生活と福祉の向上に寄与すべきことを改めて再確認することである。いたずらな成長至上主義や能率主義的偏向に陥らず,また最大公約数的な放漫で一律的な「ばらまき策」に終始せず,国民の生活向上に資することが何よりも大事であることを忘れてはならない。そして分厚い中間層の拡大とその定在こそがその中心に置かれねばならないだろう。彼らこそが国富の中核を構成するからである。それはまた政治的安定にも繋がり,社会全体に活気をもたらすことにもなろう。これは近代市民社会と資本主義経済制度の興隆を導いた鉄則でもある。

 長い間の沈潜と自信喪失に別れを告げ,再び活力を取り戻し,精彩溢れる社会を取り戻すことは、とりわけ若者に未来志向へと向かわせる道しるべともなろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2640.html)

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