世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ブラジルにおけるコロナ禍の現状
(サンパウロ大学法学部 博士教授)
2022.08.08
当地におけるコロナ禍は,イタリアから2020年2月26日に帰国した男性(61歳)がSARS-CoV-2検査で陽性が確認されたことを嚆矢としている。その後の連邦政府当局による対応の遅れが問題を深刻化させたことは否めず,そして,2022年8月2日現在,感染者数は33,855,964人となり,死者の数は678,715人に達している。
ブラジルの国土面積は日本の約23倍,人口は210,147,125人であり,約2倍となっているが,ワクチンの接種は4回目が行われており,現在は30代の国民及び幼児に対しても行われている。接種されているワクチンの種類は,第2回までは国産のコロナヴァック,アストラゼネカであったが,第3回以降は輸入されたファイザー,モデルナ,ジェンセン等である。
国家公衆衛生監視庁(ANVISA)がCOVID-19に対するワクチンの緊急許可を行ったのは,中国SINOVAC BIOTECH社が原液を生産するコロナヴァックと英国オックスフォード大学が開発し,インドで原液が生産されているアストラゼネカに対してであった。コロナヴァック・ワクチンを製造したのはサンパウロ市の州立ブタンタン研究所であり,アストラゼネカ・ワクチンはリオデジャネイロ市の国立FIOCRUZ財団が製造した。
ブタンタン研究所は,1898年に当時流行し始めたペストに対抗するワクチンを製造するために州立伝染病研究所の一機関として設立され,1901年以降はサンパウロ州公衆衛生局の管轄下にある独立行政法人となっている。当初は毒蛇,毒蜘蛛,サソリ等に対する血清を生産していたが,現在では,連邦保健省の認可の下でポリオ,BCGをはじめとする各種ワクチンや,ヂフテリア,破傷風,狂犬病等に対する血清を製造している。コロナ禍以前から中国SINOVAC BIOTECH社と提携関係にあったことから,原液を輸入してワクチンを製造することができた。
他方,国立FIOCRUZ財団も,当時のブラジルの首都リオデジャネイロで猛威を振るっていたペストと黄熱病対策のために1901年に設立され,ワクチンや血清の製造を行った。日本の黄熱病の権威である野口英世博士も,ある時期に同財団を訪れて研究を行ったとのことである。その後も,インフルエンザをはじめとする数多くのワクチンを製造しており,国内各州のみならず,モザンビークにも研究支所を開設している。そして,コロナ禍の発生とともにアストラゼネカの原液をインドから輸入してワクチンを製造した。
ブラジルでは,ワクチン接種に関する必要性については以前から国民に行き届いており,拒否を表明する人々は少数である。サンパウロ市,リオデジャネイロ市等の都市部においては接種を行うことが比較的容易であるが,アマゾン等の内陸部に居住する,先住民を含む国民への接種については困難が伴い,僻地へのワクチン輸送には空軍をはじめとする,陸軍,海軍部隊の協力が不可欠である。
国内におけるクラスター危機は数回にわたって生じたが,2020年4月にブラジル北部アマゾナス州州都マナウスにおける感染者の死亡のニュースは衝撃的であった。火葬ができず,伝統的な土葬を行う必要があったが,死者の数があまりに多いため,シャベル・カーで墓穴を一度に数十,数百と掘っていく映像が世界中に発信された。また,2021年1月には,さらなる患者及び集中治療室における重症患者が急増したため,酸素吸入が必要なところ,市内における酸素製造工場の日産が3万立米であり,一日に8万立米を必要とする状態が生じた。市内のみならず,州内の僻地からも患者がボートやカヌーで次々に到着することから,市内の病院では収容が間に合わず,空軍機による酸素ボンベの輸送や重症患者の他州の病院への搬送が行われる映像も衝撃的であった。
日本を含む各国において,新株の発生による波が次々と生じる中で,ブラジルは現在小康状態を保っているが,マスク着用等の最低限のルールが守られなくなっていることは憂慮に堪えない。昨年までは,レストラン,観劇,図書館,博物館への出入りも制限されていたが,次々に緩和されており,伝統的なカーニバルもいったんは延期されたものの,後に開催され,屋外ショーなども頻繁に行われている。今年の一学期から,学校も対面授業とオンラインのハイブリッド形式で行われているが,サンパウロ大学をはじめとする国公立大学のみならず,私立大学においても,すべての学部,研究所,博物館,試験場において,対面授業の場合は教官,学生ともにマスク着用が義務付けられている。
市内の交通機関における制限は,一応マスク着用のみであるが,着用していない者も目立ってきている。市外への便については,飛行機,バスを問わず接種証明書の提示が要求されているが,国外へのフライトの場合は,48時間以内のPCR検査で陰性の結果が求められている。
ブラジルにおける現在のコロナ禍の発生率は低くなっているが,欧米諸国や日本を含むアジア,アフリカの各国において新たな波が生じる可能性は否定できず,関係者間で憂慮されている。
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