世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.703
世界経済評論IMPACT No.703

ブラジルの政治経済の昨今とリオ五輪の開催について

二宮正人

(サンパウロ大学法学部教授兼ブラジル国弁護士)

2016.08.29

 ブラジルの政治経済が未曾有の危機を迎える中でリオ五輪が開催された。この数年間,訪日のたびに友人知己のみならず,初めてお目にかかった方々からも,五輪開催は大丈夫ですか,と聞かれていた。その質問に対する回答としては,ブラジルのやり方は日本とは異なり,泥縄式のきらいはあるが,サッカーのワールドカップの例もあり,最終的には成功させます,と断言してきた。昨年ごろからは,開会式の際の大統領が誰かはわからないが,とも言ってきたが,これについてもルッセフ大統領が弾劾手続のため,職務停止処分を受けるなか,テメル副大統領が大統領代行として開会式に臨んだ。

 五輪の開催については,様々な点で危ぶまれていたことは事実であり,施設が間に合うのか,ある公共交通機関が開通するのか,とも疑問が呈されていた。開催の数か月前になって,リオデジャネイロ州が財政破綻を宣言し,連邦政府が急遽緊急資金援助を発表するなど,心配の種は尽きなかった。選手村についても,到着したオーストラリア代表団が,未完成を理由に当初は入居を拒否するなどのトラブルはあったものの,最終的には全員が落ち着くことができた。治安の面でも憂慮されていたが,陸海空軍,連邦警察,リオデジャネイロ州の軍警察及び消防,リオデジャネイロ市警察等が厳戒態勢で望んだことにより,若干の不祥事はあったものの,もっとも心配されていたテロ行為などは未然に防止することができたのである。

 ブラジルは民族的な多様性,開放性(奔放性という人もいる)を特徴としており,文化や音楽の面でもそれらが如実に表れているが,それらの持ち味をすべて投入したのが,五輪の開会式と閉会式であった,と言っても過言ではない。直前の日本の評論家は,開会式の予算がロンドンや北京の半分以下であることも成功を危惧する要因としていたが,実行されてみると,開会式のみならず,閉会式についても,金をかけなくても立派な式典を行うことを世界に示すことができたと思う。何よりも,次期開催国である日本にとっても,ある一定の模範を示すことができたのではないかと自負できよう。

 ブラジルも日本も獲得したメダルの数を誇りにできるが,五輪は参加することに意義があることは言うまでもない。ブラジル国民は政治に失望し,不況や失業に苦しんではいるが,持ち前の明るさ,快活さを失っていないことが証明された。もっとも,自国のチームや選手の応援については熱狂するあまり,対戦相手をブーイングして士気を低下させたことは,過剰であって,反省すべきである。

 他方,日本人はこれだけ国を挙げてスポーツに熱中することが出来るだろうか,とふと思ったことも事実である。古い話で恐縮であるが,1936年五輪の水泳競技において,ラジオ中継のアナウンサーが熱狂して「前畑ガンバレ」と叫び,それに全国民が呼応して興奮したが,それ以来,日本中が一丸となってスポーツの応援に熱中することは,あまりないような気もするが,いかがなものであろうか。個々の選手に対して,地元や出身校の後輩たちがテレビの前で応援することはあっても,全国民が仕事の手を休めてまで,ある一定のスポーツや選手の競技に対して一喜一憂をすることがないように思える。ある友人は,それが先進国なのであって,国民がスポーツに熱中するのは,ブラジルの後進性を示すものだと言い切ったが,こればかりは,どちらとも言えないのではないかと思う。

 ともあれ,この度のリオ五輪が成功したことにより,ブラジル国民が直面する様々な問題に対して,それらに対応するための自信を取り戻すことができたことは,紛れもない事実である。今週後半にはルッセフ大統領の弾劾手続が再開され,弾劾が成立する見込みである。これまで法律は立派に整備されていても,贈収賄や汚職等の腐敗が当たり前のように思われていたが,日本では未だあまり馴染ない司法取引によって,元閣僚,国会議員,企業トップを含む200人以上の犯罪が次々に暴かれていったことは裁判所の権威の確立に大いに役立っている。

 また,経済が抱える様々な問題についても,ブラジルのみならず世界的な不況による面も大きい。工業力が整備されてきているとはいえ,輸出は未だ鉄鉱石,大豆,オレンジジュース,鶏肉と言った一次産品に頼っていることは否めない。鉄鉱石も石油も現在では価格が低迷していることも事実であるが,ここまでこの状態が続くかは何人も予想することは困難であった。しかし,これらの価格が上向きになれば,ブラジル経済の回復もスピーディに行われることは,歴史が示している。一時期ではあるが,ブラジルは連合王国を追い抜いて,世界第六位の経済大国になったこともあるが,現在ではその地位はかなり低下している。

 願わくば,リオ五輪が引き金となって,今後のブラジルが政治において人心が一新し,経済の再生にも連繋していくことを願って止まない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article703.html)

関連記事

二宮正人

最新のコラム