世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2597
世界経済評論IMPACT No.2597

「最安価危機回避者」が陥った危機

平田 潤

(危機管理システム研究学会 理事)

2022.07.18

致命的な「危機予防・危機管理」の失敗

 2022年7月8日,安倍元首相が選挙応援演説中に銃撃され死去された。安倍元首相は内政面では,就任当時,東日本大震災によるダメージに加えて円高・根強いデフレなど所謂「6重苦」に喘いでいた日本経済に,「三本の矢戦略」によるアベノミクスを大胆に展開し,さらに宿痾であった日本型長時間労働に対処する「働き方改革」等,日本経済の再生に真摯に取り組み,成果を挙げた。また外交面では緊密な日米関係をより強固とし,米欧の仲介に腐心しG7諸国からの信頼度や評価も非常に高かったし,オリンピック誘致に成功する等,指導力を発揮した。

 現状,グローバル経済が変容して,新型コロナ・パンデミック等不確実性が高まる中,新たに「民主主義」VS「権威主義」の冷戦体制が出現するなど,舵取りの難しい世界に対して,日本のプレゼンスを示し,内外に対してリーダーシップが発揮できる,数少ない政治家であった。

 この凶行を易々と許してしまった警護・警備体制とは,正に(メディアが多用している言葉で)「あってはならない」危機予防・危機管理の失敗にほかならず,結果として,日本にとって余人を以っては代えがたい政治家を喪ってしまう結果となった。

 筆者は,要人警護や,治安(対テロ)対策に関しては全く素人であり,民衆と触れ合う機会が多い選挙遊説での警備チェックポイント等の知識は持ち合わせていないが,メディアが公表した動画によれば,明らかに安倍氏の背後が無防備な状態に放置され,しかも,危機に直面した時点でも,最悪の事態を阻止するための的確な行動が示されなかった映像を何回も見せられ,困惑せざるを得なかった。警備当局の「危機予防」「危機管理」は,一体どうなのであろうか?

危機予防・危機管理における重要な機能:「最安価危機回避者」

 さて,筆者は危機管理分析の視点から,これまでアジア通貨危機(1997〜8年)におけるIMFの役割や,米国のサブプライム危機/リーマンショック(2008〜9年)等,経済・金融危機の分析を基にして,危機予防・危機管理全般における「最安価危機回避者」という概念を提言した(「『21世紀日本型』構造改革試論」,弘文堂,2014年)

 これは,金融危機に際しては当該金融機関・金融当局・格付け機関等,原発事故(日本)では電力会社,規制・管轄当局といったように,「最も小コストで,危機(とくにテール・リスク)を有効に避け得る,或いはそのダメージを最小にとどめることができ得る」という位置にある存在(組織)を示すもので,その機能が健全に維持され,発揮されなければ,危機予防・危機管理を十分に支えていくことはできない,というものである。

 「最安価危機回避者」は当該危機の当事者以外に,規制・監督当局(機関)が勿論該当するが,

  • A 危機(事故)への危機予防や危機管理が,組織(機能)の直接・間接の目的になっており,
  • B その組織(機能)が,当事者の戦略・行動決定に深く関与するか,影響を与えるもので,
  • C 他組織(機能)が行うよりは,はるかに的確・有効・効率的・コストセーブである,

専門家集団が含まれ,危機の未然防止,ダメージ最小化を図れるプロフェッショナルといえよう。

「最安価危機回避者」の機能と責任

 21世紀日本で経済・金融の分野ではなく,災害でのSA(シビアアクシデント,過酷事故)で,「最安価危機回避者」の機能・責任,問題・課題が注視された事例が,2011年「福島原発事故」であった。当時の「国会による事故調査委員会報告(黒川清委員長,2012年9月)」では,原発事故を人災と見做し,(人災を招いた)「最安価危機回避者」(事業者・規制当局)に対して,

  • ①(想定外とされていた)事故への効果的予防を為し得なかった原因
  • ②事故対応(危機が発生した際の危機管理行動)での齟齬・ミスマッチ・混乱

を分析し,「最安価危機回避者」側の組織的な構造問題(リスクマネジメントの歪み,組織構造・行動様式の欠陥)や,危機管理能力面での責任を,厳しく追及している。

「最安価危機回避者」の奮起が求められる現状

 日本経済が喪われた20年(30年?)に悪戦苦闘している中,これまで日本経済を支えてきた諸制度・組織に様々な制度疲労が指摘されて久しい。日本が諸外国に誇る「安全・安心社会」を支える「最安価危機回避者」についても,組織のゆるみ,規律の低下,失態・スキャンダル等が指摘されてきている。

 勿論,今回のような「選挙」や「(要人)会議」,「イベント」などにおける「危機予防」では,今後は,事前・現場の厳しい規制と厳重な警戒体制を敷けば,再発防止に繋がろう。

そしてこの点だけを見れば,権威主義国であれば,強権的な規制,或いは現在指向されている,DXによる全国民行動監視・管理が,危機予防には効率的かつ効果的であり,(民主主義国より)リスクを抑え込むには有効であるかもしれない。

 しかしながら,民主主義国では,長い歴史のなかで,こうした自由の全的抑圧な監視・管理・規制から国民・社会を護るためにも,様々な種類のプロフェッショナルな「最安価危機回避者」が進化・発展して,硬直的で,抑圧的な危機管理に陥ることを防いできた,といえよう。

 これに対し,もし「最安価危機回避者」が慢性的制度疲労に陥り,レジリエンス不足をきたして,新たな危機への適切な対応ができず,機能不全により弱体化し,その信頼度が低下していくにつれ,ますます組織は自己防衛に走りがちとなる。その結果,最悪の場合,リスクゼロを標榜し,目標とする強権体制が容認されることにもなりかねない。「民主主義」・「市場経済」が,規制(自主を規制)社会化しないためにも,「最安価危機回避者」の奮起が求められよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2597.html)

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