世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「長寿大国=日本」Well Beingと3つのエイジング
(桜美林大学 名誉教授)
2024.09.23
1.人生100年時代とwell-being
総務省が発表した2024年9月15日現在における日本の高齢者(65歳以上)人口(推計)は,3,625万人に達し,総人口に占める割合も29.3%(世界最高水準)と高齢者大国を独走している。
2016年の「LIFE SHIFT」(リンダ・グラットン&アンドリュー・スコット共著)刊行以来,「人生100年時代」というフレーズ/テーマが日本でも注目され,官民挙げて議論が盛況である。
実際2024年9月1日時点の日本の100歳以上人口は,95,119人(厚生労働省)と過去最多を更新し人口10万人あたり76.5人に達した。確かに「人生100年時代」における経済社会のあり方を,政策面からマクロ・ミクロに再点検することは重要ではあるが,個々の高齢者にとり「人生100年時代」の問題とは,本質的に(既に超高齢社会に突入して久しい日本において)高齢者が長期間,より豊かに生きるため何が真に必要であるのかを自らに問い直すことに他ならない,と思われる。
そしてここにきてキーワードとしてクローズアップされているのが“well-being”といえよう。
現在国際経済社会においてグローバルな規範とされるSDGsは,地球経済社会(環境)の持続(Sustainability)のために諸目標(Goals)を掲げているが,そのGoalの一つは「Good Health & Well-Being」である。ここで“well-being”とは「人間が本来求める健康的豊かさ,身体的/精神的/社会的に良好(充たされた)な状態」を意味する。そして,日常の生活を自立/自律できる(病気や障害等で制約されず,認知能力喪失や精神的なダメージによって損なわれない)「健康寿命」は,同時に“well-being”を追求することでもある。“well-being”には前述の様に身体(フィジカル)面のみならず精神(メンタル)面や社会(ソーシャル)面の充足が求められているが,昨今ではとくに高齢者の生き方のメルクマールとして重視されてきているのも頷けよう。
現在“well-being”の条件として「老年学」では,①長寿,②QOL(Quality of Life)の向上(生活の質が高い)③社会貢献(プロダクティビティ)の3つを挙げている(改定版「すぐわかるジェロントロジー」応用老年学会 2023年,p20, 21)。ここでの「社会貢献」とは,有償労働は勿論,無償労働(家事・家族介護)),ボランティア活動,相互扶助(同世代や子育ての支援等)も含まれており,広義の社会(自分以外)へのサポート活動,を意味するようだ。
2.長寿のスタイル=3つのエイジング
高齢者が追求すべき「人生100年時代」の姿(生き方)が“well-being”であるとして,これに到達するステップとしてのエイジングには,(「老年学」において)3つのモデルが存在する。
即ち「アンティ・エイジング(Anti-Aging)」,「サクセスフル・エイジング(Successful Aging)」,「プロダクティブ・エイジング(Productive Aging)」である。この3モデルは学説/理論としてそれぞれ独立し,異なった内容・系譜を展開し,(一部は相重なりつつ),また同列に比較できない要素も多い概念ではあるが,本稿では「エイジングスタイル」の方向性の違いとしてあえて単純化/類型化し,大胆に対比することとしたい。
◎アンティ・エイジング追求型
加齢や老化の進行に対して,いかにして対抗/防衛/克服するか,或いは「老化」のスピードを緩和させていくか,広義には「健康年齢」「健康寿命」を維持・延伸するための各方面での努力がこれにあたる。医学・医療(予防/治療)・介護(予防)や,生化学,薬学,保健衛生,食品科学からスポーツ科学まで,様々な分野でアプローチがなされ,多くの成果が得られている。
◎サクセスフル・エイジング満足型
良好な健康状況を保ち,生活環境やQOLを維持したうえで,家族(子・孫・ひ孫等)や友人との時間を楽しみ,趣味・仕事を含めて可能な限り悠々自適な生活を送り,豊かに年齢を重ねる。
◎プロダクティブ・エイジング貢献型
(企業/組織への帰属志向,地位や役割持続・追求というよりも)高齢者自身の技術・スキルや経験知,人的ネットワーク,ボランティア・スピリット等を最大限に生かして,経済産業社会,地域社会やコミュニティ,公共分野等に自律的に参画して貢献する。
日本の高齢者の多くは,確かに老化の過程で認知症や疾病/要介護といった様々なリスク・困難・負担に直面せざるを得ないとしても,「人生100年時代」を展望して豊かに過ごし“well-Being”を実現するためには,この3つのモデルはむしろ同時に追求すべき内容ではないだろうか。
3.期待される「プロダクティブ・エイジング」
約8割が自立している日本の高齢者自身にとって,また経済社会の担い手が長期的ボトルネックに直面した日本にとっても,社会との紐帯を保ち貢献できる「プロダクティブ・エイジング」は益々重要になってきている。しかし,その一方で高齢者の雇用環境の実態は決して十分ではないと思われる。
各種統計によると,高齢者の「働き方(仕事・労働時間・日数)」への満足度は比較的高いものの,「対価」に対する満足度はあまり高くはない。確かに高齢者給与が低いのは高齢者の仕事の質に起因する面(生産性や質が落ちる,或いはこれまでに比べ低下している)がある。しかし,同時に企業サイドが高齢者の保有する経験知・経験価値を活かせていない,簡単な仕事で裁量度はあるものの意義のある仕事は任せない,といった実態がある,との指摘もある。また定型的で単調な「現場WORK」担当や数合わせ要員として求められるため,(若年層に比べると)効率が低く,高齢者・若年層双方のインセンティブを阻害するといった面も否定できない。
4.課題となる,高齢者「人的資源」の重視と活用
現在働く高齢者が益々増えて重要性も高まる中,高齢者雇用/労働がいくら高齢者/企業の双方にとり補完的/補助的な位置付けである場合が多いからといって,(従来の非正規雇用に見られた「実質的に使い捨て」と同様な扱いで)合理的&的確なマネジメントや投資を欠き,高齢者人的資源の多くを将来にわたり,低生産性な状況に置くのは問題無しとしない。
勿論,高齢者の場合,「老害(特にトップ/シニア層)によるもの)」や「インセンティブ不足」「費用対効果の問題」が強く指摘されるが,これは即ちこれまで日本の企業社会が,未だに企業による人材の長期抱え込みや,年功序列による雇用安定効果に依存し,個々の高齢者の意欲喚起/実力ある高齢層に対する有効なマネジメントが発揮されていなかった結果であるともいえよう。
日本はこれまで,長きにわたる日本的企業/雇用システムの成功体験や,質・量共に良好な人的資源に大なり小なり安住し,組織維持を優先して,人材の適材不適所・無駄遣いに目をつぶってきたことは否定できない。しかし少子化/人口減という構造問題を抱える日本が,人材供給面で長期先細りが見込まれる中で,(女性雇用は勿論のこと)高齢者「人的資源」の最適活用を怠り,改善せず,コスト面や即戦力重視に走るあまりに安易に外国人雇用依存に走るのは,欧米諸国の轍を踏むことでもあり,賢明とはいえないのではなかろうか。
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