世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2577
世界経済評論IMPACT No.2577

成功体験の罠

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2022.06.20

 個人であれ国であれ,失敗すると,なぜ失敗したのか,何が悪かったのだろうかと考えるだろうし,同じ間違いは繰り返えしたくないと思うだろう。一方,うまくいった経験は,甘い記憶として多くの国民の頭に残るだろう。成功体験は過去の出来事であり,今とは,政治状況も経済状況も違っているし,国際環境も違っているだろう。

 20世紀,人類最大の失敗は2度も世界大戦を起こしたことだろう。ドイツとフランスの戦争がヨーロッパの大戦争,世界戦争を引き起こした。どうしたら,大戦争が再び起きないか,賢い人たちが,思想家,政治家,コニャック商人など各層にいて,経済面でドイツとフランスを運命共同体にしたらいいと考えた。それが,欧州石炭鉄鋼共同体,EEC,EUとなっていく。

 自由で民主的な国より権威主義的な国の方が多いのかも知れない。プーチンは,200年300年前の帝国主義的思想で行動している様に見える。ウクライナ侵攻を始める時,2014年のクリミアのとき,「うまくやれたじゃない」という成功体験が頭にあっただろう。

 経済発展は不断の構造変化によってもたらされる。1960年代の日本の高度成長期と同じことをしていてはだめなことは,誰でも分かる。過去の経験は大切だが,それを今の日本経済,世界経済にあわせてどう構造調整するか,それが日本の将来を決める。短期中期長期のビジョンをどう確立するか,それがうまくできれば日本の未来は明るいし,それに失敗すれば,日本は没落していくだろう。

 政治家の質は有権者に比例する。でも総理大臣経験者が平気で「日銀は政府の子会社」と言ったり,「国はいくらでも借金しても借り変えればいいんだ」と言ったり,困ったものだ。インフレが然るべく制御できればMMTは理論的に正しいかも知れないと言う経済学者もいる。歴史をどう理解しているんだろうか。

 先の総理経験者は,議会の答弁で「ポツダム宣言,読んだことない」と言っているから,戦後日本の3桁インフレも,復金債の日銀引き受けも知らないだろう。

 1960年頃まで,日本は発展途上経済だったと思う。その頃,日本経済は元気で高度成長期に入っていった。アメリカと日本の一人当たり所得(名目,名目為替レート)を比べると,1950年,アメリカの所得水準は日本の13倍強,1960年でも6倍強であった。それが1970年には2.5倍になり(この時点までは360円レート),1990年代にはレートのマジックだがアメリカを上回った時期もあった。世界銀行のデータベースでは,2019年だと194か国の所得データが得られるが,日本の所得は42,330ドルで28位,アメリカは9位で,日本の1.6倍だった。

 1950年代後半から1973年の第1次石油ショックまでの高度成長の記憶が日本社会には強く残ったのだろう。1960年代と同じように企業を動かしていけばうまく行くだろう,政府も同じように経済運営をすればうまく行くだろうと考えたかも知れないが,世の中はたゆまず変化しているのだ。世界中から安い原材料を輸入してうまく加工した製品を輸出すれば経済が成長するということが,いつまでも続くわけはないのだ。

 バブル崩壊を経て,「失われた30年」にあっても同じ発想が抜け切らない日本社会。親会社は下請けの中小企業に納入部品の値引きを求める。下請け企業はぎりぎりまで値引きする。そんなことを繰り返して,日本経済が強くなるわけないだろう。日本の産業競争力がどんどん低下するのは当然なのだ。「値引きを断る」中小企業もあるではないか。「そんなことしたら会社が潰れてしまう」と言う向きもあるだろう。お気の毒ながら仕方ないのだ。戦後日本,クリスマス電球やビーチサンダルをアメリカに輸出していた中小企業が東京の下町に沢山あった。それらの会社は今もあるのか。日本の産業競争力はどんどん落ちてきている。「IMDの世界競争力ランキング」は,1989年から公表されているようだが,日本は1992年まで1位だった。それが1997年に急降下して17位になり,今月発表された2022年版では34位だという。

 最近,日本経済にとって「円高がいいのか」「円安がいいのか」という議論が専門家の間でわされている。中長期的には為替レートはマーケットで決まる。日本の庶民が今後豊になるのか,貧しくなるのか。「楽して将来を希望に満ちたものにしたい」,そうは問屋が卸さない。産業構造を変えず,円安で輸出を増やして成長率を上げようというのは,野口悠紀雄風に言えば「麻薬」だろう。不断の構造変化で,企業の人的物的投資で,個人の人的資本蓄積が,将来の希望に繋がる。

 黒田日銀は日本経済が低迷しているから,経済が上向くまで低金利政策を維持するという。指値オペまでして,低金利を維持しようとしている。新規発行国債の7割以上を日銀が買うこともある様だ。公開市場操作というが,日銀の国債引き受けと実質的には変わらないのではないか。それでも物価は上がらないし,景気も上向かない。現下の日本経済を日銀はどう理解しているのだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2577.html)

関連記事

小浜裕久

国際経済

国際政治

国内

日本

最新のコラム