世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2575
世界経済評論IMPACT No.2575

米大統領選挙関連2法の欠陥とその是正

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.06.20

 6月9日,夜のプライムタイムに1.6委員会の公聴会がテレビで中継され,トランプ前大統領の悪事が改めて国民に暴露された。「これだけの犯罪が行われたのにトランプが起訴されないなら,これはトランプに対する残酷なイジメに過ぎない」という投書が,ニューヨーク・タイムズ(注1)に出ていたが,前大統領が告発されなければ,ピューリッツア賞をもらったワシントン・ポストの報道もその意味がなくなってしまうだろう。

 ニクソン大統領は1974年,ウォーターゲート事件で弾劾裁判が始まる前に辞任。一方,トランプ大統領は史上初の2回の弾劾裁判を受けながら(いずれも無罪),閣僚や共和党幹部の忠告を無視し,「選挙は盗まれた」と言い続け,2024年の大統領選挙に出馬すると公言している。米国の大統領選挙制度を引っ繰り返そうとしたトランプの不正は,ニクソンの盗聴よりもはるかに性悪だが,トランプには罪の意識も反省も,全くない。

ふたつの大統領選挙関連法の欠陥

 さて,前回の本コラム(2022年6月13日付No.2566)で取り上げたトランプのクーデター失敗について,ワシントン・ポストのコラムニストE.J.ディオンは次のように書いている。「時代遅れで悪用される法は修正されねばならないが,1887年選挙人計算法(Electoral Count Act of 1887,以下1887年法)と1845年大統領選挙期日法(Presidential Election Day Act of 1845,同1845年法)の2法は100年以上も存続してきた。これら2法の欠陥を悪用し,米国の民主主義を転覆させようとしたのは,利己的かつ不道徳な,権力亡者のトランプただ一人だ」(注2)。

 トランプが断罪されて,2024年の大統領選挙に出馬できなくなればよいが,出馬したら2020年の失敗から得た経験を駆使して,トランプはクーデターを必ず成功させる。それを防ぐために,法改正が必須だ。いま上院では超党派で1887年法の改正が検討されているが,より大きな欠陥は1845年法にある。このため,1887年法の改正は,同時に1845年法の改正を伴うものでなければならない―。こう主張するのは,選挙資金法など重要法案の成立に貢献した著名な法律家,フレッド・ワーツハイマーである。

ワーツハイマーの指摘と忠告

 ワーツハイマーは「再度のクーデターでトランプは成功する」と題したペーパー(注3)で,次のように書いている。細部を除き骨子だけを紹介すると,米国憲法第2条,第1節,第3項は,「連邦議会は選挙人を選任する時期および選挙人が投票する日を定めることができる。この選挙日は合衆国全土を通じて同じ日でなければならない」と規定し,連邦議会は1845年法に基づき,選挙日を「11月の第1月曜日の次の火曜日」と定めた。しかし,同時に1845年法は,「規定された選挙日に有権者が選挙人を選任できなかった州は,州法の定める方法によって選挙日を過ぎた日に選挙人が選任される」という“危険な例外”を設けた。

 この例外は,悪天候などの場合に適用されるが,1845年法は,州議会が選挙日に有権者を選任できなかったと宣言することによって,選挙日の後の日に州議会に選挙人を選任する権限を与えている。2020年の大統領選挙では,アリゾナ州とペンシルバニア州でバイデン候補がトランプ候補に僅差で勝ったが,2024年の大統領選挙でバイデン対トランプの対決となった場合,これら2州では,この1845年法の例外規定から次のような事態が発生する。

 2024年11月5日(大統領選挙の日)の翌早朝,両州でバイデン大統領が僅差でトランプ共和党候補に勝利したと報じられる。1週間後,共和党多数の両州の議会は特別議会を開き,選挙は広範に不正が行われ,適正な選挙ではなかったと決議する。両州の議会は,この決議を基に1845年法を援用し,州議会が有権者に代わって選挙人を選出する州法を迅速に可決する。この結果,トランプ候補は両州で全選挙人を獲得し,最終的に大統領に当選する。こうした想定に立って,ワーツハイマーは,1845年法の改正案を示し,最後にこう書いている。

 「このプロセスの合法性は,最終的にトランプ大統領が指名した多数の共和党支持派の最高裁判事が決めることになる。しかし,そうなる前に連邦議会が法の欠陥を閉じておくことが重要だ。トランプなどに再びクーデターを起こさせないために,大統領は州議会が選んだ選挙人ではなく,有権者が選んだ選挙人によって決められるという原則を確立しておかねばならない」。

[注]
  • (1)The New York Times, Letters: Will the Jan. 6 Hearings Lead to a Trump Indictment? June 13, 2022.
  • (2)The Washington Post, E.J. Dionne Jr. The Jan. 6 committee has a narrow but priceless opening. June 5, 2022.
  • (3)Fred Wertheimer, Trump’s Next Presidential Coup Attempt Could Work. Justsecurity.org, May 10, 2022. Just Security は2013年に設立された米国の国家安全保障,外交政策および諸権利に関するオンラインフォーラムでニューヨーク大学ロースクールのReiss Center on Law and Security に置かれている。このHPに掲載されているJanuary 6 Clearinghouseは2021年1月6日の議事堂襲撃事件に関する情報を網羅的に収録している。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2575.html)

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