世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
カーボンニュートラルへの技術ロードマップ:ガス産業
(国際大学副学長・大学院国際経営学研究科 教授 )
2022.02.14
国内外を問わず,大きな盛り上がりをみせるカーボンニュートラルをめざす動き。経済産業省は,「『トランジションファイナンス』に関する〇〇分野における技術ロードマップ」という形で,2050年へ向けての産業ごとの技術展望を次々と発表している。22年2月には,ガス産業に関する技術ロードマップを開示した。ガス分野は,都市ガスとLP(液化石油)ガスとに大別される。
都市ガス産業のカーボンニュートラルをめざす施策の柱となるのは,グリーン水素ないしブルー水素とCO2(二酸化炭素)とから都市ガスの主成分であるメタンを合成するメタネーションである。合成メタンであっても燃焼時にはCO2を排出するが,製造時にCO2を使用することによって相殺されると考え,カーボンニュートラルとみなすわけである。なお,グリーン水素とは,再生可能エネルギーで生産された電力で水の電気分解を行い製造するなど,生産過程でCO2排出をともなわない水素のことである。また,ブルー水素とは,生産過程でCO2を排出するものの,それを回収して再利用したり(CCU:二酸化炭素回収・利用)地下貯留したり(CCS:二酸化炭素回収・貯留)して,カーボンフリー化された水素をさす。
メタネーションを行い水素とCO2からメタンを合成して利用することは,水素を直接使用することと比べて,エネルギーロスが大きくなる。にもかかわらず,都市ガス産業がメタネーションを選択するのには理由がある。水素は,メタンに比べて,容積当たりの熱量が小さい。したがって,既存の熱需要を水素供給によって充たすためには,多大な追加投資を行って導管を大幅増設しなければならない。これを避けるため,都市ガス産業は,水素よりも合成メタンに力を入れているのである。
経済産業省が開示した「『トランジションファイナンス』に関するガス分野における技術ロードマップ」では,導入規模について,30年には既存インフラへ合成メタンを1%注入し,その他の手段と合わせて都市ガスの5%のカーボンニュートラル化を実現するとしている。そして,50年には既存インフラへ合成メタンを90%注入し(注入量2500万トン),その他の手段と合わせて都市ガスの100%のカーボンニュートラル化を達成するとの未来図を描いている。ここで言う「その他の手段」とは,水素の直接利用やクレジットでオフセットされたLNG(液化天然ガス)の利用,CCUなどをさす。一方,供給コストについては,50年に合成メタンの価格が,現在のLNG価格(40~50円/N㎥)と同水準になることをめざすとしている。
メタネーションの技術としては,水素とCO2とから触媒反応によりメタンを合成するサバティエ反応(CO2+4H2→CH4+2H2O)が知られている。1995年にわが国は,この方法を使って,世界で初めて合成メタンの製造に成功した。現在はサバティエ反応によるメタネーションの実用化に向けた基盤技術の開発に取り組んでおり,今後,設備大型化に向けた技術開発・実証を矢継ぎ早に実行していく予定である。
さらに,都市ガス業界では,大阪ガスや東京ガスが中心となって,既存のサバティエ反応技術を超えた革新的なメタネーション技術の開発も進めている。これらについて詳しくは,この「世界経済評論インパクト」の場で,別の機会に詳しく論じることにしたい。
一方,プロパンやブタンを主成分とするLPガスの分野でも,最終的には水素とCO2とから合成プロパンや合成ブタンを製造し,カーボンニュートラルを達成することが基本方針である。経済産業省が開示した技術ロードマップでは,合成プロパンや合成ブタンを「グリーンLPガス」と呼び,「グリーンLPガスの合成に係る技術開発・実証を今後10年で集中的に行うことで,2030年までに合成技術を確立し,商用化を実現。2050年には需要の全量をグリーンLPガスに代替することを目指す」としている。
ただし,これらのプロパネーションやブタネーションは,メタネーションより技術的に困難である。また,都市ガス業界に比べて構成企業の規模が小さいLPガス業界では,今のところ,プロパネーションやブタネーションの担い手が見当たらない。実際には,プロパネーションやブタネーションへの道は,メタネーションへの道よりも険しいものとなるだろう。
本稿では,カーボンニュートラルへ向けたガス産業の技術ロードマップに目を向けた。今後も,各主要産業のロードマップについて,順次取り上げていく。
- 筆 者 :橘川武郎
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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