世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国からASEAN・インドにシフトする「世界の工場」:台湾の海外直接投資の新しい動態
(九州産業大学 名誉教授)
2022.01.31
台湾の対外直接投資が大きな変化を見せるようになった。対中国と対ASEAN・インド投資は台湾企業の投資先トップ2の国・地域である。対外投資に占める対中国投資の割合は2018~2021年(2021年は11月まで)で各年40%,42%,38%と34%で,同時期の対ASEAN・インド投資の割合は8%,21%,15%,と37%である。特に2021年に対ASEAN・インド投資額は54.9億ドルで,対中国投資額の50.17億ドルを凌駕することになった。
2018年,2019年,2020年,2021年(11月まで)の台湾企業による東南アジアとインドへの投資を見ると,シンガポールは1.8億ドル,6.3億ドル,6.3億ドルと37億ドル。ベトナムは9億ドル,9.1億ドル,7.6億ドルと9.1億ドル。タイは1.4億ドル,3.2億ドル,1.6億ドルと3.3億ドル。インドネシアは1.3億ドル,1.4億ドル,5.1億ドルと2.5億ドル。インドは3.6億ドル,0.7億ドル,1.5億ドルと1.7億ドル。マレーシアは0.5億ドル,1億ドル,0.4億ドルと1.1億ドル。フィリピンは1.5億ドル,1億ドル,0.9億ドルと0.2億ドル。シンガポールとベトナムへの投資が最も多い。
ASEAN・インドへの投資が進んだ主な理由は,トランプ政権時に中国からの輸入関税を最大に25%に引き上げたことで,中国の拠点からの対米輸出が不利になったことが挙げられる。その後,バイデン政権もトランプ政権時の高関税を持続的に運用している。また近年,中国で労働賃金や工場用地などの諸費用が大幅に値上がりしたことも挙げられる。そのほかに,電力の不足による予告なしの停電や水害(鄭州),「ゼロコロナ政策」の実施もある。その地域(西安,天津など)にコロナが発生すると厳しい「ゼロコロナ政策」によるロックダウンが行われ,製造と経済の両方の運営に支障を来すことになる。
韓国のサムスンが中国でのスマートフォン組立工場をベトナムに移出させたのが話題となった。近年,台湾がベトナムに進出した例はスマートフォン,パソコンの製造である。3年前に亜洲光学(Asia Optical)の本社と工場を見学した際,同社社長から中国から一部分の生産をベトナム北部に移設したと紹介された。筆者はベトナム北部を選んだ理由とそのメリットを質問したところ,先ず,ベトナムはTPP(環太平洋パートナーシップ)の低関税を享受することができること,また,ベトナム北部は中国に近いため,中国工場からの部品調達や指導員など人材も受け入れやすいこと,さらに,ベトナム北部には中国語が堪能な華人系2世が多いことをメリットとして挙げた。
世界第3位のパソコン用キーボード製造企業の達方電子の蘇開建董事長(会長)は「ベトナム北部の電子産業は,中国の工場を代替する趨勢がある」,「私たちは競って土地を購入している。決定を少し遅らせると,土地は直ぐに1割から2割高騰する」,「近年,当社はベトナムと台南の工場の拡大を行ったが,それは今後の3~5年内に見込まれる毎年10~15%の売上増に対応するためである」と語った。
台湾プラスチック(台塑)グループのベトナム河静鉄鋼工場は,2021年第3四半期に柔軟な販売戦略を採用し,前もって受注が得られた。その結果,2021年の後半の利益額は7億ドルを超えて,前半よりも60%増で,通年の売上高は52.7億ドル,利益額も12億ドルを超え,年度目標を20%も凌駕した。この工場は2016年に東南アジア諸国とEUから認証を受けた。ベトナムの1トン当たりの鉄鋼価格は中国のそれより30~40ドル高いが,ヨーロッパの1トン当たりの鉄鋼価格はベトナムよりさらに約20ドル高い。このため,ベトナム河静鉄鋼工場はベトナム国内とヨーロッパ諸国への販売が多く,2021年はイタリア,スペイン,ブラジル,ポルトガル,メキシコ,マレーシアなどからも受注が得られた。
ベトナム北部は中国に近く,部品の輸入が便利であり,人件費は中国よりも低く,中国に代替できる魅力を持っている。事実上近年,日台韓の企業は中国からASEAN・インドに積極的にシフトしている。日系企業では住友電工,村田製作所,台湾系企業では鴻海(ホンハイ),仁寶電腦(コンパル・エレクトロニクス),和碩聯合科技(ペガトロン),緯創資通(ウィストロン),佳世達科技(チスダ),韓国系企業のサムスンだ。一方,中国の地場企業もベトナムへの投資を進めている。立訊精密工業(ラックスシェア・プレシジョン・インダストリー),深圳市徳賽電池(シェンジェン・デサイ・バッテリー・テクノロジー),瑞声科技控股(AACテクノロジーズ)などである。ベトナム北部のハノイ,ハイフォン,バクニン省,バクザン省,ヴィンフック省などにはスマートフォン,パソコンを主とする電子産業の集積が形成されるようになった。
タイ東部のチョンブリー県,中部のチャチューンサオ県,ラヨーン県にトヨタ,日立製作所,パナソニック,京セラ,サムスン,マキシム・インテグレーテッド,オン・セミコンダクター,ヒューレット・パッカード(HP),シーゲイト・テクノロジー,台達電子(デルタ電子),新金寶(New Kinpo),光寶科技(ライトン),美律実業(メリーエレクトロニクス)などが進出している。ハードディスクドライブ,車載半導体などの産業の集積効果が発揮され,伝統の製造業からスマート電子,EV(電気自動車)などのハイテク主導の製造業にシフトしている。
デルタ電子の現地関係者によると,「4~5年前は1600平方メートルの土地は僅か1600~2000万円であったが,現在は4000万円台に達している。労働者の賃金も大幅に上昇している。しかし,タイ東部の経済特区は東南アジア域内向け需要で活気付いている」と述べた。
世界最大の半導体封止・検査企業である台湾の日月光投資控股(ASE)は2021年12月1日に中国の昆山,上海,蘇州と威海の中低クラス4つの封止め工場を北京智路資産管理有限公司に14.6億ドルで売却した。売却で得た資金は台湾事業の強化に充てている。廣達電脳(クアンタ)は中国で製造したサーバーを止めて,台湾で製造するように変更した。
可成科技(キャッチャー・テクノロジー)は世界のスマートフォン用筐体の約5割,ノートパソコン用筐体の2~3割を供給している。2020年8月には,可成科技が,傘下の可勝科技泰州工場と可利科技泰州工場の設備・資産(技術料を含まない)を420億台湾元(約1680億円)で,中国の藍思科技(レンズ・テクノロジー)に売却した。この2つの工場はアップルのiPhoneの約40%の金属筐体を製造する能力を持っている。
2020年,緯創資通(ウィストロン)は中国昆山の2つのiPhone組立工場を22.36億台湾元で,中国企業の立訊精密工業(ラックスシェア・プレシジョン・インダストリー)に売却した。その後,緯創資通はインドに生産拠点をシフトした。緯創資通はもともとエイサー(宏碁電脳)の製造部門であり,分社化になり,緯創資通はOEM・ODM(受託製造・受託設計製造)を担当するようになった。
2021年5月,仁寶電腦(コンパル・エレクトロニクス)は昆山工場(液晶テレビ工場)を20億台湾元で売却した。米中貿易摩擦により中国で製造された製品をアメリカに輸出する際,高関税が付されるためだ。液晶テレビの生産ラインは台湾とベトナムに移行する。
2020年1月,英業達(インベンテック)は上海閔行区浦星公路工場(面積21.19万平方メートル)を60億台湾元(処分利益約44億台湾元)で売却し,2021年4月には上海閔行区浦江鎮宿舎も11.72億台湾元で売却した。代わりに,2019年に11.78億台湾元で台湾桃園工場に用地を購入し,サーバー・コンピューターを製造する。また,マレーシアに2.91億台湾元で新工場用地を購入した。
このように台湾企業の脱中国の新しい動態は,「世界の工場」の版図が次第にASEAN・インドにシフトしていることがわかる。
[参考文献]
- 朝元照雄「「世界の工場」は中国からインド・ベトナムへ?:鴻海のケース・コロナ禍,そして鄭州の水害」世界経済評論Impact No.2337,2021年11月15日。
- 廣達電脳,仁寶電脳,英業達,緯創資通について:朝元照雄『台湾の経済発展』勁草書房,2011年,第5章「ノートパソコン産業における台湾企業の役割」。
- 華碩(エイスース)と和碩聯合科技(元・華碩の製造部門)について:朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第5章「華碩電脳(エイスーステック)の企業戦略」。
- 日月光について:朝元照雄『発展する台湾企業』勁草書房,2018年,第4章「日月光(ASE)の企業戦略」。
- エイサーと緯創資通(元・エイサーの製造部門)について:朝元照雄『台湾企業の発展戦略』勁草書房,2016年,第4章「エイサー(宏碁)」。
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