世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2385
世界経済評論IMPACT No.2385

米中対立とASEANの貿易結合度の変化

池部 亮

(専修大学商学部 教授)

2022.01.10

グローバル・サプライ・チェーンの再編とASEAN

 2021年の春以降,自動車生産における半導体不足の影響が報じられるようになった。コロナ禍の生活様式の変化で,ICT関連機器を中心とした半導体需要が急拡大していることが背景にあるとされる。日本の自動車生産各社も半導体不足による減産を余儀なくされ,時期や期間に差はあるものの各社,工場停止の事態が断続的に発生した。2021年夏以降になると,新型コロナウィルス感染症のデルタ株の蔓延で再びコロナ禍が厳しさを増し,タイ,インドネシア,ベトナムなどでは自動車部品だけでなく,金属部品の生産企業の工場停止などによって,住宅設備の欠品や納品遅れなど,思わぬ工業製品への影響も引き起こされ,広範化したグローバル・サプライ・チェーン(GSC)の実態を改めて実感させられた。

 さて,GSCへの影響が懸念される事態はコロナ禍によるもの以外にもある。それは米中摩擦による技術覇権争いによって,半導体やレア・アース(希土類)の自由な取引が制約される懸念である。GSCはこれまで以上に素材や部品の原産地や技術の由来について敏感にならざるを得なくなってきている。半導体は中間財である。しかし,レア・アースは素材であり,工業生産の最上流に位置している。レア・アースは磁石,モーター,蓄電池,合金,半導体といった中間財に幅広く使用されるため,影響は広範囲に及ぶうえ,どのような製品に使用されているのか分かり難い素材でもある。

 米中対立が激しくなるにつれ,ASEANが持つ政治的中立性は,貿易転換効果や生産立地の転換の受け皿として選好されている。また,日本などが掲げる自由で開かれたインド太平洋地域構想,あるいは東アジア大の巨大なFTAであるRCEPによる地域統合でも,ASEANの中心性がますます重要な位置づけとなってきている。

ASEANの貿易結合度

 ASEANの国・地域別貿易構造を2015年と2020年の「結合度」の変化から比較考察する。今回選択した品目は自動車部品(HS8708),半導体(HS8541とHS8542),レア・アース(HS2846とHS2805.30)の3品目で,米中対立による影響を受けやすい品目を選定した。

 なお,貿易結合度とは,A国から見てB国との貿易関係の緊密さをみるものである。世界がB国とどの程度緊密に付き合っているのかを1.0(標準的な結合度)として,これを上回れば世界平均以上に緊密で,下回れば世界平均以下の緊密さということになる。今回の結合度の求め方は,輸出結合度であれば,①ASEANの品目ごとの国地域別輸出額のシェアを,②各国・地域の対世界輸入額のシェアで除算したものである。

【自動車部品】

 2020年のASEANの域内結合度は輸出入で8.1であり,世界とASEANとの貿易額と比べ約8倍緊密であることを示している。個別国では日本(4.5),インド(2.5),中国(1.2)の順であり,ASEANの自動車部品の貿易構造は,①域内,②日本,③インドとの間で緊密であることが示された。一方,ほぼ誤差の範囲といえるかもしれないものの,EUとの結合度はやや低下し,アメリカとメキシコとの結合度が微増している。

 ASEANの対中結合度は2015年の1.1から2020年に1.2へ微増し,対中輸出結合度は0.7から0.9,対中輸入結合度は1.4から1.5となった。高水準ではないもののASEANは自動車部品について中国からの輸入に依存している構造であり,中国生産の停止などのリスクに対し,世界平均の約1.5倍のリスクを抱えていることになる。

 ただし,ASEANは中国との地理的な近接性があるものの輸出,輸入ともそれほど高くない。ASEANは域内,日本,インドと強く結びつき自動車部品の水平分業体制を構築しており,地理的に近い中国との結合度は顕著に高いわけではないことが分かった。

【半導体】

 2020年,ASEANが最も結合度を高めているのが台湾(3.7)であり,輸出(6.3)と輸入(2.3)となっている。次いで日本(1.8),アメリカとEU(いずれも1.7)となった。ASEANの半導体貿易で結合度の高い国や地域の特徴をみると,輸出入のどちらかに偏重するのではなく,輸出入とも同程度の結合度であることがわかった。これは,ASEANとこれら地域間の活発な半導体の水平分業が背景にあると考えられる。半導体においてもASEANは中国とは地理的近接性があるものの,結合度は0.6と低く,むしろ距離の遠いアメリカやEUとの結合度が高かった。これはASEANに立地する半導体の製造企業に欧米系の企業が多いことが要因のひとつであろう。また,自動車部品と比べて軽量で高額な部品である半導体は飛行機輸送が頻用されており,距離が遠くても製品に占める輸送費単価はほとんど影響を受けない。こうした特徴から,自動車部品が消費地の近くで生産企業が集まり,集積の利益を生み出す産業であるのと対照的に,半導体はより広い範囲での国際分業が可能な品目であるといえる。

【レア・アース】

 2020年の結合度をみると,域内(2.5),インド(1.8),日本(1.4)の順に結合度が高かった。特にインドからの輸入結合度は2015年の0.2から2020年には3.5へと急拡大しており,この5年で調達網に大きな変化があったことを示唆している。また,世界的な供給元である中国との結合度は2015年の1.0から2020年には0.5へと大きく低下した。レア・アースについては,ASEANは域内での貿易結合度が高く,域内でレア・アースを調達して製品や中間財へと加工していることが分かる。また,インドについては,ASEANの対インド輸出はごくわずかであり,結合度は0.004に過ぎない。しかし,対インド輸入結合度は3.5と高く,2015年の0.2から急上昇している。ASEANで調達不可能なレア・アースをインドから調達するなどする動きが加速している可能性がある。

まとめ

 貿易結合度について,自動車部品と半導体,レア・アースの3品目について初歩的な考察を行なった。完成品ではなく中間財や素材を対象としたのは,設備投資額が大きく,一朝一夕には生産立地の転換が進まない業界であり,かつ今回の3品目は米中摩擦の対象となる可能性が高いからである。

 ASEANのこれら品目の貿易構造は,中国との結合度をみると平均かむしろ平均以下の水準であり,地理的な近接性があるにもかかわらず疎遠である実態が浮き彫りとなった。また,アメリカとの結合度も半導体を除けば低水準であった。

 ASEANは域内,日本,インドとの結合度を高めており,米中対立下では今後もこれら地域の国際分業が緊密性を増していくと考えられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2385.html)

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