世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2374
世界経済評論IMPACT No.2374

米下院が可決したビルドバック・ベター法案:その内容と今後

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.12.20

「マジック・ミニッツ」という長時間の議事妨害演説

 インフラ投資・雇用法案の成立(注1)に続いて,バイデン大統領のビルドバック・ベター(より良き再建)計画を構成する最後の法案が11月19日下院で成立した。票決は賛成220,反対213。反対したのは民主党1人と共和党212人。共和党はインフラ投資・雇用法案では13人が賛成したが,今回は投票を棄権した1人を除く全員が反対した(下院議員は現在434人で欠員が1人)。この法案はソフトのインフラ投資法案,セイフティーネット強化・気候変動対策法案などいろいろな名称で呼ばれてきたが,正式な略称はビルドバック・ベター(BBB)法案(HR5376)となった。

 BBB法案の票決は勤労感謝祭休会前の11月18日に予定されていたが,共和党のケビン・マッカーシー院内総務による妨害演説で翌19日にずれ込んだ。マッカーシー議員のBBB法案と民主党を批判する演説は,18日夜8時38分から夜を徹して続き,翌朝5時10分に終わった。8時間32分の演説は下院史上最長となったが,その3時間後には下院本会議は再開され,BBB法案は可決された。民主党はBBB法案を巡って党内対立を激化させてきたが,票決では進歩派,保守派,穏健派が一体となって法案を支持した。法案が可決されると,民主党議員は一斉に歓喜の声を挙げたという。

 下院には,上院の議事妨害(フィリバスター)制度も,60票以上の賛成で議事妨害を阻止する制度(クローチャー)もない。下院では法案審議に時間制限があるが,下院の幹部(議長と多数党・少数党の院内総務)だけは時間制限なしに発言できる「マジック・ミニッツ(magic minute)」という特権がある。過去の最長演説は,ペロシ下院議長が2018年に下院少数党院内総務として行った,若年者不法移民(DACA)の保護を求めた8時間超の演説であった。今回のマッカーシー演説はこの記録を塗り替えたが,法案の成立を阻止できず,逆に民主党の結束を強める結果となった(注2)。

ジョンソン大統領の「偉大な社会計画」に匹敵

 バイデン大統領は10月末,10年間の予算規模を当初の3.5兆ドルから1.85兆ドルに半減し,増税規模も10年間で2兆ドルに引き下げたが,可決されたBBB法案の予算規模は2.2兆ドルに増え,増税規模は1.5兆ドルに縮小された。議会予算局(CBO)は票決前日の18日,この法案による財政赤字は10年間に1600億ドル増えて3670億ドルになると発表したが,内国歳入庁(IRS)の徴税強化策による増収効果で,財政赤字はCBO見通しよりも減少するともいわれる。

 可決されたBBB法案は,①社会的なセイフティーネットの強化,②気候変動対策,③富裕者,企業への増税,という3政策で構成され,ルーズベルト大統領のニューディール政策,ジョンソン大統領の「偉大な社会計画」に匹敵する画期的な内容を持つと評される。この法案の概要は次のとおり(注3)。

 まず,①の社会的セイフティーネットの強化では,幼稚園入園前の3,4歳児(pre-K)教育と支援強化,子供の医療保険拡充,困窮大学生への連邦支援(Pell Grants)強化,今年3月に成立した景気対策法の児童税控除(CTC),および勤労所得税控除(EITC)の1年間の延長,4週間の介護・疾病休暇の有給化などのほか,医療保険料の補助強化によるオバマケアの一層の普及,メディケアの対象を補聴器や聴力治療にも初めて拡充(歯科は除外),薬価に対する初の政府規制の導入,自宅内長期ケアへの補助など,低所得層を対象にした医療政策が強化されている。また,公的住宅の補修,低所得者用賃貸住宅の建設,家賃支援など住宅政策にも史上最大の予算が充てられている。さらに移民政策では,2011年1月から10年以上米国に住む不法移民に対する更新可能な5年間の労働許可証の交付,DACAの制度化なども盛り込まれた。

 ②の気候変動対策では,10年間に5550億ドルという巨額予算が充てられる。このうち最大の項目は化石燃料から風力,太陽光および原子力に転換した電力生産者および使用者に対する3200億ドルの税制優遇措置。ほかに建設費用として電気自動車充電スタンドに10億ドル,風力・太陽光発電の送電網に29億ドル,エネルギー効率の高い機器を設置する住宅所有者への還付金125億ドルなどが計上されている。これによって,2030年の温室効果ガスの排出量を2005年から半減させるバイデン政権の目標の1/3~1/2が達成されると推計される。

 ③の増税策として,1000万ドル超の調整総所得者の税率は現行の37%から42%に,2500万ドル超は40%に引き上げられる。帳簿所得が10億ドル超の法人所得税は現在ではゼロか僅少だが,最低税率15%が新設される。また巨大多国籍企業の海外所得に対する税率は10.5%から15%に引き上げられる。

 これら増税策とは別に,問題視されるのが,州・地方税(SALT)の控除上限額の引き上げと上限廃止時期の延長である。2017年のトランプ税制では,ニューヨーク,カリフォルニア,ニュージャージーなどの高税率州の住民に配慮し,課税控除の上限を1万ドル,上限撤廃を2025年とした。しかしBBB法案では,控除額を8万ドルに引き上げ,2031年に1万ドルに引き下げた後,翌32年に上限を撤廃するとしている。民主党議員で唯一BBB法案に反対票を投じたメイン州のジャレッド・ゴードン議員は,この改正を厳しく批判し,「民主党は働く国民のための党ではなく,大金持ちのための党になってしまった」とワシントンポスト紙で主張している(注4)。

BBB法案の上院審議と今後の見通し

 民主党幹部はBBB法案を年内にも成立させると主張しているが,残り少ない年内の議事日程でそれはかなり難しい。現在は117議会の第1会期だから,年内に成立しなくとも廃案にはならず,来年1月3日からの第2会期で継続審議できる。BBB法案は予算調整法に基づいて審議されることになっているから,上院審議ではフィリバスターは使えない。しかし,共和党が大反対しているから審議がスムーズに行くことはありえない。上院は民主党(無党派2人を含む)と共和党は50対50の同人数のうえに,予算規模の拡大に反対する民主党のマンチン,シネマ両議員のほか,SALT控除の変更に反対しているサンダース議員もいる。民主党から1人でも反対者が出れば法案は成立しない。

 さらに,法案審議に入る前に法案内容のチェックも行われる。予算調整法が適用されるため,予算とは無関係の移民などの項目は,法案から削除される可能性がある。削除すべきか否かを判断するのは,パーラメンタリアンと呼ばれる議会手続きに精通した議事運営専門官(議会職員)である。また,上院が法案を可決したとしても,その可決法案は下院可決法案と異なることは確実だから,下院は上院可決法案を改めて可決しなければ,BBB法案はバイデン大統領の机には届けられない。こうしたことを考えると,BBB法案は年内成立はもとより,成立そのものの可能性にも疑問符がつく。

[注]
  • (1)本コラム11月29日付 No.2351参照。
  • (2)マッカーシー共和党院内総務は,2022年の中間選挙で共和党が下院で多数を占め,自分が下院議長になるという野心を持っている。今回の長広舌はその目的のためには効果があったといわれる。
  • (3)可決されたBBB法案の内容はThe New York Times, The Washington Post の報道によった。
  • (4)ゴードン民主党議員の主張はhttps://www.washingtonpost.com/opinions/2021/12/09/are-democrats-working-americans-or-millionaires/を参照。なお,ペロシ下院議長はSALTの上限引き上げは富裕者のためのものではなく,州・地方政府が税収を確保し,教育等の社会サービスを提供する財源に充てるためのものだと反論している(11月18日付NYT)。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2374.html)

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